クロペディア「溶けないかき氷」
溶けないかき氷
出典:パンゲア百科事典『クロペディア』
目次
1.新説(RN:かぎしっぽの黒猫さん)
これはいつかの夏の物語。 僕にはもうすぐ付き合って2ヶ月になる彼女がいた。 ある夏の暑い日、彼女が突然溶けないかき氷が食べたいと言い出した。 どうして溶けないかき氷が食べたいの?と聞くと彼女は、食べるのがゆっくりだから最後の方はいつも溶けて水になっちゃうし、溶けないように急いで食 べると頭がキーンってなるから溶けるのを気にせずのんびり食べられるかき氷が食べたいと言う。 かわいいなーと思いながら僕は彼女と溶けないかき氷を探しに外へ出た。 何件かのかき氷の店をまわったがやはり溶けないかき氷なんて物は見つからない。 容赦なく照りつける日差し、彼女もだんだん元気が無くなってきた。 ふとあるものが僕の視線を釘付けにした。彼女が着ているグレーのTシャツ、そのTシャツの脇をビッチョリ濡らす脇汗。 なんていい濡れっぷりなんだ。僕の頭は彼女の脇汗のことでいっぱいになった。脇汗のシミの大きさと比例するかのように僕の何かも大きくなる。 彼女のこんな姿を他の人には見せられない。 大きくなった何かを誤魔化すため少し前屈みになりながら僕は彼女の手を引いて裏道に入った。 道を一本入っただけでそこは別世界だった。 右を見ても左を見てもご丁寧に休憩と宿泊の料金が書いてある大人の休憩所ばかり。 「あっごめん、道間違えたみたい。こっちにはかき 氷屋さん無さそうだし迷子になる前に戻ろっか。」 僕は慌てて元の道に戻ろうと彼女の手を引く。 しかしなぜか彼女は動こうとしない。 「いいよ。」 「えっ?」 「迷子になったって構わない…。だから今日は君が私を…迷子にして….」 僕たちはそのまま日が落ちて薄暗くなる街へと消えていった。 その日の夜は特に暑かったのを覚えている。 溶けないかき氷。それは謎に包まれた解明するのが困難なかき氷、解けないかき氷なのかもしれない。 まさに迷宮入りのかき氷。 僕らは迷い込んでしまったのだ。かき氷の迷宮へ。
2.諸説(RN:ウッカラボーシ独身最後のフルスウィングさん)
この世には、引っ込みのつかないことがたくさんある。 ここはとある中華料理店。 頑固な親方と真面目な弟子の2人で営んでいる。 営むとはいえ、その営むではなく商売だ。 ある日親方がふと弟子に語りかけた。 「こう暑くっちゃ食欲も出ねーな、中華料理なんてものはカプサイシンだかなんだか知らねーが食べ始めたら食欲も回復するってもんだが、なにしろそこまでのスイッチが皆んな入んねーだろうな…そこでどうだ、夏ならではのモノを出そうと思ってるんだ」 「夏ならではですか…」 「おう、こうやって貼り紙まで作ったんだ」 親方はおもむろに自作の貼り紙を広げた。 「どうだ、ありきたりだが『かき氷、始めました』いいと思わねーか?なぁ」 弟子はウチの場合どう考えても冷やし中華だろと思いながらも親方の書いた文を見ながらこめかみをピクンとさせた。 「親方、これって溶けないヤツですよね」 「あん?どういうコトだ?」 「この、かき氷の氷のトコロ、氷じゃなくて永遠の永になってるんで、そういうコトかなぁと…」 親方は漢字間違いをしていた。ところが頑固なものだから引っ込みがつかず 「お、おう!お前よく気付いたなぁ、さすが俺の弟子だけあるな、そうなんだ俺のヤツは溶けないんだ!だから『かきえい』、イヤ、『かきなが』っていうんだ」 「かきながっすか、どうやって作るんですか?」 「まぁ見てろって」親方は厨房を歩き始めた。 冷蔵庫や冷凍庫の中身を何度も何度も見ながら歩き回った。 弟子は思った。最初から書き間違えたって言えばいいのに、と。 すると親方が 「おう!これだこれ!コイツを使うんだ!」 出してきたのはイカだった。親方はイカを細かく細かく刻み、器に盛り付けた。なるほど、見た目はかき氷っぽいぞ、と弟子は試食したがイカの味がする。これでいいのだろうか。 翌日からメニューとして店に出されたがやはり大不評。 「こんなもんにベタベタしたシロップまでかけやがって!こんなのがかき氷か!」とクレームの繰り返しだった! 親方も頑固で 「だから、かき氷じゃねー!かきながって書いてあるだろーが!おととい来やがれ」 と、客に逆ギレする始末。 そんな時、弟子が店を救った。シロップの代わりに醤油と生の卵黄、そしてワサビを添えて出したのだ。 なんか訳の分からない食べ物を流行らせるのはギャルの役目。 「この店超イカ臭いんだけど、映えるー!」 インスタで拡散され、大好評となった。 溶けないかき氷、それは頑固なオヤジの他愛のないミスから生まれたものだった。