「うしろめたさの人類学」

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月曜対談
「ひと」「もの」「こと」に関わるさまざまなトピックを切り取っていくインタビュー「月曜対談」。
「うしろめたさの人類学」という本を出版された、熊本出身、岡山大学文学部の松村圭一郎 准教授がゲストでした。

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●ご出演者のプロフィール
 
名前:松村圭一郎(まつむら・けいいちろう)
所属:岡山大学大学院社会文化科学研究科/岡山大学文学部准教授
プロフィール:
1975年、熊本市生まれ。京都大学総合人間学部卒。
京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程修了。
岡山大学大学院社会文化科学研究科/岡山大学文学部准教授。
専門は文化人類学。
エチオピアの農村や中東の都市でフィールドワークを続け、富の所有や分配、貧困と開発援助、海外出稼ぎなどについて研究。
著書に『所有と分配の人類学』(世界思想社)、『文化人類学ブックガイドシリーズ基本の30冊』(人文書院)がある。
ホームページ、ブログなど:【WEB連載】みんなのミシマガジン-「セトウチを行く」http://www.mishimaga.com/setouchi/index.html

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Q 今回出版された書籍の基本情報をお願いします。
 
『うしろめたさの人類学』松村圭一郎(著)
定価:1,700円+税/ミシマ社刊
(発刊:2017年9月16日/192ページ/装丁:尾原史和/5刷)
 
<お問い合わせ先>
株式会社ミシマ社
〒152-0035東京都目黒区自由が丘2-6-13
TEL:03-3724-5616/MAIL:hatena@mishimasha.com
 
Q 松村圭一郎さんは、熊本の出身、現在、岡山大学の准教授だそうですが、研究されている「文化人類学」とは、どんな学問なのですか?
また、松村さんの専門はどんな研究ですか?
 
文化人類学は、いろんな国や地域の文化を研究する学問として発展してきました。
フィールドワークといって、現場で長い時間を過ごしながら、そこでの生活や価値観などを内側から理解しようと努める学問です。
かつては未開社会と呼ばれる西洋社会とは異なる民族や社会を対象にすることが多かったのですが、最近は、先進国の金融機関のなかや、iPS細胞を研究している研究室、病院のなかなど、いろんな場所が研究対象になっています。
異文化というと、遠い国の人びとの生活を連想してしまいがちですが、身近な場所でも、私たちにとってなじみの薄い場所はたくさんあります。
このラジオ局のなかだって、ふつうのリスナーは、どんな人によって、どうやって番組がつくられているのか、わからないですよね。
なかにいる人にとっては、「あたりまえ」のことでも、ほかの人にとっては不思議なことが行われている。
そんな異文化の空間は、いろんな場所にあります。
人間がどうやって、その場その場でしきたりやルールをつくりだして、社会をつくりだしているか、どんな価値を見出したり、生み出したりしているのか、それ自体が研究の対象になります。
私自身は、エチオピア農村部で研究をしてきました。
もう20年近く通い続けながら、コーヒーを栽培しているひとつの村に住み込んで調査してきました。
村では、収穫したトウモロコシを親族や集落の貧しい人などにたくさん分け与えています。
収穫期なると、貧しい人が袋を下げて集落中を回ったりしています。
コーヒーは、輸出用の換金作物ですが、一方で、自分たちが日常的に飲むコーヒーは、かならず近所の人と一緒に飲みます。
コーヒーやトウモロコシが手元にある人は、それを他の人にふるまう。
なくなれば、ほかの人からふるまわれる。
そんなやりとりが盛んになされています。
そこで、「わたしのもの」って何だろう、と考えたのが、最初の問いかけでした。
自分で働いて得たものは、自分だけで独り占めするのがあたりまえの日本からみると、エチオピアでは不思議なやりとりをしているようにも思えます。
でも、わたしたちだって、家族のなかではモノやお金を共有しています。
私たち自身も、「わたしのもの」をめぐって、いろんなモノのやりとりをしているし、それを別の角度から見直すと、違うやり方ができる可能性も見えてきます。そんなことを考えてきました。
 
Q 松村さんの研究は、そもそも、どんなことに役立つんですか?
 
「役に立つ」には、2種類あると思います。
「すぐに役に立ちそうなこと」と「すぐには役に立つかわかりにくいけど、生きていくうえで重要なこと」。
すぐに役に立ちそうなことには、たとえばパソコンのワープロ・ソフトをうまく使えるとか、キーボードを早く打てるとか、そういうスキルがあるかもしれません。
いろんな仕事をしていくうえでは欠かせないですよね。
でも、数年後には、まったく別のソフトが開発されているかもしれないですし、パソコンとか、キーボードとか、昔はそういうのもあったよね、という時代が来るかもしれない。
そうして状況や時代が変わると、「すぐに役に立ちそうスキル」は、すぐに役に立たなくなってしまいます。
そこで、ワープロを使えることよりも重要なのは、人になにかを説明するときにどういう言葉を使って、どういう文章で表現したらいいか。
たとえば、このラジオ番組で、どんな問いかけをして、どういうふうに答えれば、理解してもらいやすいか。
そういうことを考えられる能力って、こういうレッスンを受けたら身につきますとか、テストで何点とれば習得できます、といったわかりやすい能力ではないですよね。
基本的に、文学部で学ぶような人文学は、そういうすぐに役に立つかわかりにくいけど、時代が変わっても、どんな職業についても、生きていくうえで、とても重要な能力にかかわっています。
私がやってきた文化人類学は、なかでも、自分たちがどんな社会に生きているか、世界はどういうふうに成り立っているかを考える学問です。
さきほど「わたしのもの」をどうやりとりするか、という話をしましたが、現在の日本社会では、私が働いて稼いだお金を私が何に使おうが自由ですよね。
「わたしのもの」が、かなりの範囲で「わたしだけのもの」であることが許されています。
でも、自分で働けない子どもや高齢者は、どうするのか。
「わたしのもの」を「わたしだけのもの」にしていたら、社会はうまく維持できません。
「わたしのもの」をどの程度許容し、「わたしのもの」をどれだけ「みんなのもの」にするかは、どういう社会をつくっていくかということと深く関係しています。
 
Q 今回出版された「うしろめたさの人類学」で書かれている内容について、簡単な内容をご紹介ください。また、最も読んでほしいポイントとは?
 
日本とエチオピアを往復しながら、考えてきたことを、できるだけ一般の人にもわかりやすいことばで表現することを心がけました。
エチオピアで生活していると、日本で「あたりまえ」に思っていたことが、まったく通じない経験をします。
そこから、逆になんで日本ではこうやってふるまうんだろうか、そういうふうに考えるんだろうか、という問いかけが生まれるわけです。
人は、鏡を見ないと自分の姿を見ることができないように、ほかの人をみて、はじめて自分のことがわかりますよね。
たとえば、学校のクラスや職場のなかで、いろんな人がいるなかで、自分は寡黙な人間なんだとか、こういうことは苦手なんだとか、ほかの人はこう考えるけど、自分はちょっと違うと思うとか、いろんな人と接するなかで、はじめて「自分」のことがわかりはじめるわけです。
文化人類学の研究も、それに似ていて、いろんな地域や場所で暮らす人びとと比較することをとおして、自分たちがどんな社会に生きているか、この世界がどういうふうに成り立っているか、その輪郭をつかもうとしてきました。
私の場合は、それがたまたまエチオピアだったわけですが、エチオピアの人びとの生活をとおして、日本に暮らす自分たちのことを見つめなおすと、自分が「あたりまえ」だと思っていたことが、かならずしもそうでなくてもいいかもしれない、と思えてきます。
日本で暮らしていて、世の中どこかおかしいと感じたり、窮屈だと思ったり、違和感を覚えている人にとって、わたしたちがそれと気づかないまま従っている「あたりまえの常識」を問い直すきっかけになればいいと思って、この本を書きました。
たとえば、同じチョコレートが、店の商品棚にあるときは、お金を払って購入する商品なのに、それにリボンをつけて、プレゼントすると、商品ではなくて、贈り物になりますよね。
そのとき、チョコレートをプレゼントした相手が、商品を買うようにして、財布をとりだして、「これいくらだったの?」とか言ったとしたら、すごい失礼なことになりますよね。
同じようにモノが人から人へと動いているのに、まったくモノの意味が変わる。
そういうことから、経済とか、市場って何だろうと、考えていけるわけです。
また、日本では戸籍に登録した名前を一生、自分の名前にし続けるわけですが、エチオピアには戸籍はありません。
自分で名前を変えたり、いろんな人がいろんな呼び方をしたりする。
そこから国の制度って、「わたし」という存在とどう関わっているのか、と考えることもできます。
いろんなトピックがあるので、世の中に違和感を覚えている人とか、身の回りのことを考え直してみたいと思っている人に、ぜひ手に取ってもらえればと思います。
 
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Q お仕事を通じての苦労、やりがいとは何ですか?
 
大学の教員というのは、ふつう研究者になるために、長い時間をかけて研究していきます。
かならずしも「教える」ためのトレーニングは受けていません。
教員免許もありませんし。
でも、教壇にたって、学生のまえで話す機会が増えると、どうやったら、これまで自分が研究してきたことをうまく伝えられるのか、あらためて考えなおすことが求められます。
これは、なかなかたいへんな作業ですが、目の前で、学生たちがどんどん考えを深めていったり、人間として成長していったりする姿を目にすると、教育ってすばらしなと思うようになりました。
でも、「教育」って、知っている者が知らない人を「教え育てる」ことではなくて、「教える者が育つ」ってことだな、と痛感します。
自分がわかっていると思っていることを、伝わる言葉にしようとすると、じつは自分もよくわかっていなかったことがわかります。
だから、あらためて勉強しないといけない。
教育と研究は、よく別々のことだと言われたりもしますが、私にとっては、教育がなければ、研究は深まらないし、研究を深めないと、教育することもできないなと感じるようになりました。
その両輪がうまくそろって回っていく瞬間は、とてもやりがいを感じます。
 
Q これまでのお仕事を通じてのもっとも印象的なエピソードは何ですか?
 
難しい質問ですね。
「もっとも」と順番をつけることって、なかなか日ごろしないですから。
最近のことをふりかえると、『うしろめたさの人類学』を出版して、いろんな読者の方の反応が、とてもおもしろいんですね。
いろんな感想やコメントをネットで書いてくれたりするのを目にすると、こちらがそれほど意識していなかった部分をおもしろいと思ってくれたり、こちらがあまりきちんと考えていなかった点を指摘してくださったり、別の考え方を示してくださったり。
本って、出版すれば終わりというか、もう書き直しはできないわけですが、本を出してからのほうが、いろんな読者の「読み方」に接することで、より本で書いた内容についての理解を深めて、もっと考えを進めることができているように思います。
書き終えたときは、もう書くことは何もないという気分だったんですが、書けば書くほど、不十分な点がわかって、書かないといけないこと、伝えたいと思うことが湧いてくる気がします。それが最近の印象的なエピソードです。
 
Q 近日、イベントが開催されるそうですが?詳細を教えて下さい。
 
2月10日の14時から上通の長崎書店でトークイベントをやります。
タイトルは、「うしろめたさ」からやり直す~熊本も世界も、こんなことから変わります~という、ちょっと大げさなタイトルですが、前半は、少し本の内容をふまえた、模擬授業みたいなものをやってみようかな、と思っています。
会場の方とやりとりしながら、一緒にいろんなことを考えてみようかと。
後半は、『うしろめたさの人類学』の編集をしていただいたミシマ社代表の三島邦弘さんと対話しながら、熊本からいろんなことを変えていく可能性について考えていければと思います。
三島さんも、たびたび天草を訪れるなど、熊本には関わりがあるんですよね。
私も熊本で生まれ育って、京都や東京で生活して、いま岡山にいますが、外に出たからこそ、熊本について見えることもあります。
いま日本社会は、人口が減少していくという大きな変化の局面にあって、これまでのやり方が通用しなくなる時代が来ていると思います。
そのなかで、地方から、いろいろとあたらし動きが生まれています。
三島さんが編集している『ちゃぶ台』という雑誌は、これまで3号、刊行されていますが、まさにそんな新たな時代の動きをとらえる記事がたくさんあって、ほんとうにおもしろいんですね。
そういう熊本からあたらしい時代を考えるという時間にできればと思っています。
 
<イベントタイトル>
「うしろめたさ」からやり直す~熊本も世界も、こんなことから変わります~
 
20年近くに及ぶエチオピアでのフィールドワークを元に、硬直化する日本社会に"スキマ"をつくるヒントを探った『うしろめたさの人類学』。
鍵は、私たちひとりひとりの中に眠る「うしろめたさ」にあり…?
今回のトークイベントでは、みなさまとご一緒に、身近な話題から世界をとらえ直します。
そして、これから私たちに何ができるか、を問い直します。
後半は、ミシマ社の雑誌「ちゃぶ台」編集長であり、20年来の友人でもある三島邦弘さんをまじえ、「これからの地方」「これからの世界」のあり方を、思わぬ方向から探ります。笑いあり、発見あり、の時間になること間違いありません。
 
<出演>
松村圭一郎(『うしろめたさの人類学』著者/熊本出身/岡山大学准教授)
三島邦弘(『うしろめたさの人類学』編集担当/『ミシマ社の雑誌ちゃぶ台』編集長/ミシマ社代表)
 
<日程>
2018年2月10日(土)13:30開場14:00開演16:15終了(サイン会あり)
 
<場所>
長崎書店3Fリトルスターホール(熊本市中央区上通町6-23)
 
<入場料>
1,000円(当日会場入り口で頂戴いたします)
 
<ご予約・お問い合わせ>
長崎書店店頭
もしくは電話096-353-0555
メールinfo@nagasakishoten.jpまで
 
Q 最後に、熊本県民にPRしたいこと、今後の活動予定、お知らせなどありましたら教えて下さい。
 
新幹線が通って、岡山から熊本までって、2時間ちょっとで来ることができます。
地震のときも、車を走らせて、かけつけることができました。
東京で5年間生活してみて、あらためて地方の可能性を考えたいと思えるようになりました。
あまり知らなかった熊本について、もっと勉強しなければという気持ちも沸いています。
熊本にいるときは、外にばっかり目が向いて、あんまり自分たちの土地の歴史とか、すばらし文化とかに目を向けていなかったなと、いまになって強く思っています。
できれば、今回のイベントもそうですし、あらためていろんな出会いから、熊本での活動もいろいろとやっていけたらいいな、と考えています。
まずは、ぜひ2月10日のトークイベントに足を運んでいただければと思います。
本を読んでいなくて大丈夫です。
きっと、なにか得るものがあると思います。
 
「月曜対談」、この時間は、松村圭一郎さんをお迎えしました。
ありがとうございました。
 
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