2026年9月6日「阿蘇市車帰地区 藤田さん親子」
今週は村岡章子が担当です。
平成28年の熊本地震で阿蘇市」の中では被害が大きかった車帰地区。
60軒のうち13軒が全壊。
そのうちの1見自宅、母屋、倉庫など全ての建物が全壊し
地区の公民館で避難生活を送っていた
当時 大津高校3先生 藤田宏樹さん、幸代さん親子に
話しを伺いました。
避難生活はいかがでしたか? 宏樹さん
基本子供たちとトランプをしたりして遊んでいた。
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宏樹さんは 大人の気持ちも子供の気持ちも分かるぐらいの年齢
何を感じていましたか?
自分は受験生だったので 少し勉強しなくていい!と思っていた。
子供達はお休みということで楽しんでいた様子だった。
逆に母や祖父は、今まで大切にしてきた家財などが壊れ
先も不安な様子で絶望感や悲しみを感じていた。
受験生としての不安、焦りもあった。
当時は東京で学びたいと思っていた。
教員になりたいと思っていた。
そして、今 教員になっている。
地震の時に子供達とのふれあいの中で
楽しさもあり、子供達の将来・未来を守り幸せになるといいな~と思い
教員になろうと決意した。
勉強が遅れる不安もあった。
1ヶ月くらい勉強が出来なかった。
電車も通らない、友達とも会えない
勉強が全く進まず大学合格できるのか・・不安だった。
母としては 家のことも考えないといけない
子供達のことも考えないといけない・・と言う状況
大変だった。
思考が止まっていた。
これからどうやって生きていったらいいんだろう・・絶望感だった。
それを息子たちには見せないように気丈にふるまっていたつもりが
息子に見られていたのですね。
でもやっぱり息子達のことが心配だった。
学校へはJRで通っていたが当分復旧はしないと聞き
じゃ、どうする??
通常車で20分のところが 地震当時は2~3時間かかっていた。
往復6時間かかる。
でも、受験生・・・通えないと言っている場合じゃない。
阿蘇市内から通っている200人に通学状況のアンケートをとって
保護者・県議・市議と一緒に 熊本県へお願いに行った。
子供達に学習をさせてください!!
有難いことに 皆さんのご協力の元通学のバスが6月ぐらいから
出るようになった。
これは保護者の「子どもたちの夢をかなえたい」という思いから・・
宏樹さんが東京で先生をやっているうえで地震の話は?
震災を学ぶという授業の中で熊本地震の話をした。
子供達はただ揺れると思っている。
けど、今まで大切にしているものが壊れたり
積み上げてきたものがなくなる・・と、話すと
ドキドキしている様子で
私も声がふるえたりしたので子供達は真剣に聞いてくれた。
何か伝わっているのだなと感じた。
令和8年熊本地震が起きてしまいました。
経験しているからこそ 言える事は
当時は祖父が積み上げてきたものが崩れ辛そうだった。
でも、思ったのは それでも これからの人生 まだまだ時間はある
希望を捨てずに力ずよく生きてほしい。
お母さま・・
そうですね、10年経ってやっと私たちも復興したと思っている。
これまで多くの方に支えてもらって今がある。
震災当時もボランティアの方が来てくださって
どんどん片付けてくれる。
何も関係ない人達が助けてくれる。
絶望してる場合じゃない 前をむかなくちゃ!と思った。
たわいもない話しが出来る存在が有難かった。
当時は何も考えられなかったが
なんとかなります。
家も建て替えて生きています!!
村岡談
車帰公民館で避難生活をしながら
自宅の片付け・・
食事は地区の婦人会・役員の皆さんが用意をして
くれていたそうです。
そして、母いわく「 息子は熊本地震で生きるすべを学んだと思う」と。