2025年12月14日「カヌーで活躍して球磨村を盛り上げたい 糸原慎之介さん」
今日は、カヌー競技で活躍することで村を盛り上げたいという球磨村森林組合の職員糸原慎之介さんを本田みずえが紹介しました。
糸原さんは、10月3日に滋賀県大津市で行われた第79回国民スポーツ大会のカヌー競技の成年男子ワイルドウォーター・カヤックシングルに、熊本代表として初出場。堂々5位の入賞を果たしました。
職場にうかがい、カヌーを始めたきっかけや故郷への思いについてお話をうかがいました。
小学校の頃からラフティング会社の方とつながりがあったのでお手伝いさせてもらい、その傍ら球磨川でラフティングやカヌーで川を下ったり、サップしたり、たくさんの川でできるスポーツをやってきました。それが今もずっと続いていて、国民スポーツ大会に出場するまでになりました。
2020年の7月豪雨で球磨川があふれたときは、家が全壊することはありませんでしたが、家の足元まで水がきて、ライフラインも全部止まって橋が流されたり、道路が崩れたりいっとき本当に苦しい生活を送っていました。当時は中学2年生で、怖かったというのが正直なところで、一晩にして周囲が見違えてしまって、これが球磨川なのかと怖かったです。当時お手伝いさせていただいていたラフティング会社がボランティアを始めて、そちらで球磨村全域の物だしや泥かき、そのあとは家の消毒を1年かけて大体やりました。
高校に進学してカヌーを本格的に始めたのは、小さい頃からリバースポーツをやっていたということもあり高校でも続けたいと思いました。当時、ラフティング会社のガイドで元日本代表の球磨工業の先輩がいて、その方からの勧めもあり、やるしかない、日本一をとるという目標を掲げて球磨工業に進学しました。練習は球磨川がホームで、発船場という所があるんですが、その下の方でやっていて、フラットウォーターのカヌースプリントという競技をやっていました。
高校時代、熊本にはなかなか勝てない島津とか大沢というとても強いライバルがいたので切磋琢磨して、高校3年で国体に出場し日本で6位が最高成績で、それが一番思い出深いです。自分の中ではその成績に納得いかず、それで社会人でも続けようとなりました。
今年の春に古里の球磨村森林組合に就職しましたが、カヌーを続けたいという気持ちと、球磨村に残って仕事をしたい、恩返しをしたいという想いもありました。それを考えた時に、球磨村の財産は木、自然かなと思ったのと、球磨川が近いので仕事と練習の両立もできるかなと思い、球磨村森林組合を選ばせていただきました。
社会人として仕事を覚えていくというのはなかなか大変なんですが、仕事が終わってからや隙間時間で練習に励み、今年の大会では全国5位という結果をおさめました。職場の皆さんからは、大会のあった滋賀にいるときからLINEでおめでとうというメッセージがたくさんきて嬉しかったです。
球磨村と言ったら球磨川ということで、球磨川を使ってカヌーで盛り上げていきたい、そのためには自分が活躍して、名前をバンバン世に出していく、カヌーで球磨村の名前を売っていこうと思ってやっています。
職場へ取材に行った道中、30台を超えるダンプカーとすれ違うなど、たくさんの工事車両を見かけまだまだ村は復興の途中にあるということを実感しました。糸原さんのカヌーでの活躍はもちろんですが、組合が運営する大鍾乳洞球泉洞に行ったり、村の特産品を買ったり、わずかでも復興のお手伝いができればいいなと思いました。
この番組では、熊本地震に関連して、取り上げて欲しい要望やメッセージなどもお待ちしています。アドレスは、with@fmkumamoto.jpです。