2026年8月23日「八代市出身のFMKパーソナリティ村岡章子さん」
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今日は、番組の担当者の一人でもある、村岡章子さんに本田みずえがお話をうかがいました。平成28年熊本地震以来、10年3か月ぶりに震度7を観測した「令和8年熊本地震」は、宇城市と氷川町で最大震度7を観測するなど県内の広い範囲に大きな被害をもたらしました。今回は、村岡さんに実家のある八代市へ向かった際の様子や、被災した地元への思いなどについて語っていただきました。
村岡さんは八代のご出身で、八代の人だったら誰でもわかる中学校、一中から八中まである中の二中エリアで生まれ育ったということなんですけれども、現在もご家族は八代にお住まいで被災をされたそうですが、地震が起きたのが7月28日火曜日の夕方でした。地元に入られたのはいつだったんですか? 日曜日の8月2日の朝早くに熊本市内を出て実家に向かいました。 道中の様子はどうでしたか? 今言われているように、国道3号線が大変混み合っているっていうことではなかったんですね。朝早かったからっていうところはあるんですけれども。でも、やっぱり道路は、もう3号線をひたすら進むんですけれども、氷川町あたりが一番ひどくって、いきなり道路が沈むんですよね。まっすぐな平らな道だった3号線が、すーっと沈む道に変わってるんです。段差ができていて、ちょっとだけ補修してあったんだと思います。だから斜めに少しずつ入っていって、でもこれって低いよねっていう、それは上下線両方なんですよ、沈んでるのが。 それ1か所でなくて? 何箇所かそういったところがあって、かと思えばいきなりドーンと段差があるところもあるし、歩道がぐちゃぐちゃになってて。そこにお住まいの方は車が出せない状態だろうなというのがわかるぐらいにぐちゃぐちゃなんですよね。で、不思議だなあと思ったのが、ずっと上下線、まあ片側一車線なんですけど、真ん中にずっと亀裂が入ってるんです。中央線のところに。 中央線のところに?なんででしょうね。 なので、ああなんだろう、これずっと入ってるっていうふうに見てて。ところどころではその中央線のところにも段が生じてたりとかはするんですけど、地面も。そこを走りながら地域によって違うんだなあと思いながら通っていきましたね。 いま氷川がやっぱりひどかったって言われてたんですけれども、じゃあご実家に近づくにつれ半壊とか全壊とかの家が目につくようになったわけですね。 そうですね。もう、このご自宅って1階だったのかな2階だったのかなっていうのがわからないぐらいに、全壊というか倒壊してしまってるんですよね。かと思えば、お隣の家はそのまま建ってて、洗濯物も干されてるっぽいなーっていうところも見受けられるんですよ。なので、ああ不思議っていうところもあるし、この家は大丈夫そうだなぁと思っても、よく見てみると屋根の真ん中のところが沈んでたりとかするんですよ。これってちょっと折れてるような形なのかな。じゃあここにもやっぱり住めないよねーと思って、ぐしゃっといってないけど、これも全壊になるのかなーっていう家も結構見受けられました。 私はテレビの映像でしか現地の様子は知らないんですけれど、比較的新しい家に見えてもやっぱりそこに断層があると段差ができるので、傾いたりとかそういうこともあるんだなあと思って見てました。 ですね。だから、もうパッと見は大丈夫なんだけれども窓が全部抜けてるとか、カーテンがひらひらするんですよね。じゃあ避難されて、ここはいらっしゃらないんだと。ということは建物は大丈夫そうに見えるんだけれあ、中がダメなんだなあ」とか。そういうところもやっぱり結構見えましたね。 そうなんですね。ご実家の被害はどうだったんでしょう。 本当に、ここに私が出ていいのかなっていうぐらいに、自宅はヒビとかは入っているんですけれど、建物自体は大丈夫で。中はまぁ、グシャグシャだったんですけど、ライフラインもつながってたので、ひとまずはグシャグシャな中でも物が少ないところで、家族みんなで生活ができる状況だったので、一安心ではありました。 今回の地震の象徴的な場所になった日本製紙ですけれども、生まれた時から見慣れた風景が一変してしまったんじゃないかなと思うんですが。 そうなんですね。あのニュース、テレビで見た時に、あの煙突が折れるところを見た時、ショックでしたね。私の父親は日本製紙に勤めてて、定年まで勤め上げたんですよね。今は亡くなっているんですけれど、やはり父が勤めていた会社で、私も幼いころそこにお弁当を届けてたんですよ。なので、やっぱ思い出深いところもあるんですね。 熊本市内から高速道路を使って帰って行くときに高速道路の右手に、あの白と赤の煙突が見えてくるんですよ。するとやっぱり「あ、八代に帰ってきたんだ」っていう安心感があったんですけど、それがなくなるっていうのは、思ってもみなかったんで、ショックで悲しいなーって。ちょっと近くで見てきたんですけど、「本当に亡くなってるんだなー」っていうふうに思いましたね。 そうですね。市外に住んでる私でさえショックだったので、やっぱりあの風景を見慣れてきた地元の方にとっては、いかほどかなあと思いましたけれども。でも今回の地震ですけど、備えてきたけれども、それを上回るまたいろんな被害が出ましたね。 本当ですよね。まさか10年でって思ってしまったのが正直なところで。「また?」って思ったのも正直なところなんですよね。じゃあどうすればいいの?ってどこ問うこともできないんですけど。じゃあ、ひょっとしてまた来るかもしれないっていう恐怖も芽生えてしまったんですよね。だからこそ「じゃあ私たちにできること、私たちが準備することって何なんだろう」って、もう一度また考え直さないといけないのかなって思いました。 そうですね。新たな課題というか、これからの地震への備え、またブラッシュアップしていかないといけないということですよね。 そうですね。あとはやっぱり避難されてる方が心を痛めないことですかね。 そうですね。今日はありがとうございました。 ありがとうございました。