2026年3月8日「あの日の阿蘇山上 阿蘇火山博物館 学芸員 豊村克則さん」
草千里ヶ浜の向かいに立つ 阿蘇火山博物館。
熊本地震から10年・・・
阿蘇火山博物館 学芸員 豊村克則さんに話を伺いました。
率直な今のお気持ちは?
もう10年か? まだ10年か?半々です。
村岡さん覚えてらっしゃいますか?
地震直後、阿蘇山上の報道が全くなかったんです。
それは、道が寸断し ここまでこれなかったからなんです。
片側の道を復旧するのに半年。
自分の場合。復旧作業、調査などもあり
地震直後から自己責任で 道ではないルートで上がって来ていた。
阿蘇火山博物館の外から見た時は
意外と大丈夫そうだと思ったが
中に入ったら勘違いだとわかった。
1階~3階、4階の映写室まで含め
物が倒れ 飛散してぐちゃぐちゃだった。
これからどうしようかな~と思った。
厄介だったのが博物館へのアクセスがないので
どこで復旧体制を組みのか?
まずは 阿蘇市の草原学習館へ間借りし
対策、業務をやっていた。
しかし、長引くことを考え
今度は 旧役犬原小学校跡地をお借りした。
本格的な 復旧対策、旅行会社との震災応援ツアーなどを
組んだりしていた。
少しでも 収入をえるために。
博物館の建物自体は大丈夫だったが 壊れたものを退かす
作業が大変だった。
職員、NPO法人 学生さんみんなでやった。
仮営業、再開が 地震から半年後の11月。
営業しながら少しづつ復旧させ
グランドオープンしたのが翌年の10月!
もうその日まで 必死すぎて記憶が飛んでいる。
この瞬間、この場をなんとかしないと!という
思いだけだった。
地震後、大雨、噴火もあった。
どこまで 落ちるんだとも思った。
勘弁してくれ!と思った。
噴火によって 調査の仕事がふえる。
復旧作業があるのに 仕事がふえた。
こっちも、あっちもの状態。
だから気持ちが落ちる暇すらなかった。
うしろ向きにならずにすんだから
むしろ良かったのかもしれない。
当時のメンバーと色々考えやってきた。
あのメンバーがいなかったらどうなっていたことか。
可もなく不可もなくが一番。
起きた事は仕方がないので じゃ、そこからどうする?
そのマインドを熊本地震で一番学んだかもしれない。
グランドオープンを迎えた時は
素直にホッとした。
これで、お客様を迎えることができる。
博物館は社会教育施設、熊本地震の影響をどういかすか?
震災を学ぶプログラムができたり、教育にどういかしていくのか?
一つ目の大きな目標として取り組んできた。
1階の阿蘇山上ビジターセンターも地震を機にできたところ。
地震はあっては困るが
阿蘇火山博物館にとっては 良くも悪くも
熊本地震が 大きなターニングポイントになった。
熊本地震から10年
皆さんから支えてもらった。
4月から 阿蘇火山博物館で「熊本地震10年企画」がスタートする。
10年の記録。
写真展、当時の振り返り、ツーリズム、周辺の地域とのコラボイベントなど
色んな形で皆さんにお会いできることを
楽しみにしています。