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行定勲

行定発言!

Q:「世界の中心で、愛をさけぶ」という作品は、舞台裏もドラマチックな作品だったんですね・・・。

A:「現実にはこんなこと起こんねぇよ!」というようなものが、
映画の中では描かれる訳じゃないですか・・・・。
でも、撮影の中でそういうドラマチックなことが実際に起きると、
勇気を与えられるんですね。
「偶然」が重なって「必然」になっている。
その「必然」がある種を蒔いて、芽が出て、
それが木になったりする・・・・・。
それがひとつの「運命」だったりするんです。
映画はそういうところが原動力になってないとダメなんですよ。
「希望」とか「運命」とか、
そういう「祈り」みたいなものが、ちゃんと入っていないと
映画としては本質を満たしていないんじゃないかと教えられますね。

(4月7日「月刊行定勲」より)

行定発言!

Yukisada060427

Q:「世界の中心で、愛をさけぶ」の篠田昇カメラマンってどんな人だったんですか?

A:この作品のロケ地を訪ねている人も多いんですけど、
あの素晴らしい島と海、瀬戸内海と山がある象徴的なロケ地だったり、
ブランコのある高台があったりする場所を見つけたのは篠田さんなんですよ。

あの場所は僕の理想の場所で、イメージを書いた地図を制作部に渡してあったんですよ。
制作のロケーション担当が探したんですけど、
ところどころではあるんですけど、なかなか全部があるロケ地が見つからなかったんですよ。
それでロケハンの最終日に篠田さんが地図を見て、「ここに行ってみよう!」と言うんです。
もう動物的カンですよ。
「地図上で見ると、この海に太陽は沈まないんだけど、行ってみようよ!」という篠田さん。
行ってみると、まさに僕が思っていたような町並みなんです。
写真館がありそうな空き地があったり、高台に上ってみるとブランコがあるんですよ。
もともとブランコのシーンはシナリオにはなかったんですよ。
夕日が沈まないだろうと地図上では思っていた防波堤に行くと、夕日が沈むんです。
奇跡的です。

篠田さんは、そこに甘んじないでどんどん奥に歩いて行くんです。
撮影的には場所は網羅してるんですけどね。
「なんかある。なんかまだある。これが俺の理由じゃない!」って言ってるんです。
するとある空き地があって、外壁がずっと立ってて、そこに植木が置いてあるんです。
なんかへんな感じだなと思って見ると、そこは映画館の跡地なんですよ。
映画館の段々になっているところに植木が置いてあったんですよ。
ふっと見ると草むらのなかに、錆びつた映写機があったんですよ。
映画の神様がこの映写機で僕らを呼んだのかな・・・・って話したんですけどね。

(4月7日「月刊行定勲」より)

行定発言!

Q:行定監督にとって「世界の中心で、愛をさけぶ」という作品は、特別な作品なんですか?

A:僕にとって生涯忘れられない映画だと思います。
それはヒットしたとか、ブームになったとか、そういうこととは違うんですよ。
この作品を撮影した篠田昇カメラマンが去年亡くなられたんですよ。
まだ51歳という若さで癌だったんですけど・・・・・・。
彼は、僕が岩井俊二監督の助監督をやっていた頃から岩井さんのカメラマンをやっていて、僕の監督デビュー作の「OPEN HOUSE」で組んで、浜崎あゆみさんの「月に沈む」とかCMとか一緒にやった仲だったんです。
この「世界の中心で、愛をさけぶ」が彼の最期の作品となったんです。
すい臓癌で一度入院された後に復帰作として岩井監督の「花とアリス」という作品をやって、その後の作品がこの「世界の中心で、愛をさけぶ」だったんですよ。
この作品は地方ロケもあるし、体力的にも大丈夫かなと心配してたんですけど、奥様が「彼は現場をやっていた方が元気になるから、是非やらせてやってください。」ということで篠田さんのOKが出たんです。
撮影中はホントに篠田さんが現場を引っ張ってくれました。

(4月7日「月刊行定勲」より)

行定発言!

Q:(渡辺美里さんからの『番組スタートおめでとう!』メッセージを受けて)
 「世界の中心で、愛をさけぶ」での美里さんとの撮影の思い出を聴かせてください。

A:僕にとって渡辺美里って人は、やっぱり80年代を代表する女性ボーカルなんです。
「世界の中心で、愛をさけぶ」の主人公たちって、僕らとほぼ同じ年齢なんですね。
青春時代の頃に、誰の曲を聴いていただろう・・・・って言うと、やっぱり「隠れ名曲」を聴いてるんじゃないかと・・・・。
渡辺美里のデビュー・アルバムのB面に収録されていた「君に会えて」っていう曲。
小室哲哉が作曲してるんですけどね。
これが僕大好きで・・・・・素晴らし曲なんです。
これはプロモーション・ビデオもよかった!モノクロで・・・・。
歌ってるだけのワンシーン・ワンカットで、曲の最後に美里さんがポロッと涙を流すんですよ。
こんなプロモ見た事なかった!
そういう曲を使った方が、より映画が豊かになると思ったんです。
美里さんも「世界の中心で、愛をさけぶ」の撮影現場にいらしゃったんですよ。
ちょうど「君に会えて」がかかるシーンを撮影する日で、予定よりちょっと遅くいらっしゃんたんですよ。
撮影そのものは終わってしまってたんですけども、その日撮影したシーンをモニターで見せたら、美里さん泣いてるんですね。
アキが髪の毛が抜けてしまって「君に会えて」がかかるシーン。
モニター上で「君に会えて」をミックスしてあって、聴けるようにしてあったんです。
それを見て美里さんがポロポロ涙をながされていたのが印象的でした。
「君に会えて」の歌詞の「ずっとそばにいるよ」ってところが、この映画で凄く意味があるんだってところを感じてもらったんだと思います。
 
(4月7日「月刊行定勲」より)

行定発言!

Q:行定さんの美的感覚ってどうやって身につけたんですか?教えてください。
(佐賀市の丸尾さんからの質問)

A:映像のこだわりって、潜在的に自分の中にあるんだと思うんですよね。
美しい光景とか光とかへのこだわりですね。
まずは、光ありきなんですよ。映画っていうのは・・・・・
日本の映画ってベタっと明るいとか、シルエットにならない映像が多いんですよ。
光が一番取り入れやすいのは、被写体の後ろに太陽がある「逆光」なんですよ。
普通、写真を撮るときは、「逆光」では撮らないんですよ。
それを「逆光」で撮ると、シルエットになって、
ぼんやりと被写体の顔が見えるようなフォローをすれば、すごく美しいんですよ。
特に青春映画の回想シーンなどにはこだわってますね。
ただ、それにはカメラマンの力がすごくあるんですね。
映画はひとりでは作っていないんですよ。
スタッフがいてはじめて映画ができる。
僕だけの美的センスでは映画は成立しないんですよ。
僕はストーリーやイメージを伝えて、カメラマンがそれを映像として切り取ってゆくんです。
チームワークなんです。
 
(4月7日「月刊行定勲」より)

行定発言!

Q:行定さんがやっていた助監督って、どんな仕事をするんですか?

A:現場をすすめる仕事です。
物語をすすめるためのモノを用意したり、俳優さんに伝えたり・・・・
監督はディティールにこだわりがあるので、なかなか現場は先に進まない訳ですよ。
もう1回撮影行きたいとか・・・・監督は常に言う訳です。
例えば、熊本城で撮影するという場合、「開門前だったらいいですよ。」とか条件がつきますよね。
それに対して、その時間内で撮影が終了するように、現場を進行してゆくってのが助監督の仕事です。
行定組の場合は、ものすごく粘るので、助監督は大変ですけどね。

(4月7日「月刊行定勲」より)

行定発言!

Yukisadaglay3

Q:映画業界に入ったきっかけは何だったんですか?

A:(映画の)専門学校に入ったんですが、3日ぐらいしか通学してません。(笑)
まず業界に入ったのは、「ケイゾク」「トリック」などのテレビ番組で有名な堤幸彦監督のアシスタント。
「免許持ってる?」ってことで、製作の運転手としてのスタートでした。
プロモーション・ビデオのアシスタントとかやってましたね。
それからテレビ・ドラマの方に行って、「東芝日曜劇場」で小津安二郎監督の映画なんかで有名な大女優の杉村春子さん、森光子さん、山岡久乃さんとかが出演するドラマの助監督をやってました。
それをやっていたら、林海象監督のメイクさんに海象さんに紹介してもらって、それから海象さんの丁稚みたいな形で入ったのが、映画界に入るきっかけでしたね。
それから助監督になって、監督になったという次第です。

(4月7日「月刊行定勲」より)

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