3月13日(木)の名盤は…
今日取り上げたのは元ちとせの「ワダツミの木」です。
この曲をはじめ、多くの元ちとせのヒット曲の作詞・作曲・編曲を
手がけたプロデューサーで、元レピッシュの上田現が、
3月9日、肺がんの為、47歳の若さで亡くなりました。
かなり大きく報じられたので、それだけビッグになっていたんだなーと
改めて感じた方も多かったかもしれません。
また、昔からのファンの人にとっては、もしかしたら今回の扱いに
どこか違和感を持ったという人もいらっしゃるのではないでしょうか。
その感覚を例えるなら、強いて言えば、今から20年ほど前になりますが、
漫画家の手塚治虫氏が亡くなった時に感じたものに近いかもしれません。
あの時の報道でも、故人の代表作として挙がったのは「鉄腕アトム」や、
「ジャングル大帝」といった子ども向けのものばかりだったように思います。
「きりひと讃歌」や「MW(ムウ)」などの、
人間の魂の暗闇の部分を描いた作品には触れず、
“日本から夢と勇気が消えた”なんていうコピーで訃報を伝える姿勢に、
疑問を感じたファンも少なくなかったのではないでしょうか。
手塚治虫の作品を読めば読むほど、
彼は愛、夢、希望、勇気といったものを一番疑っていた、
だからこそ大切にした表現者だったんじゃないかと思うんです。
そして、上田現もレピッシュ時代からソロまで一貫して、
殺伐とした人間の暗闇の部分を鋭くえぐり続けた表現者だったんです。
例えば、“恋人に早く会いたいから、車で人をはねたけど逃げた男“や、
“誘拐犯にそのまま育てられた子ども”とか“妻に逃げられ、子どもを手放し、
30歳の誕生日に自分の家に火をつけた男“のことなど。
上田現の作る歌はそんな歌ばかりだったんですね。
しかも最後に希望を匂わせることもなく、何も解決をつけずに、
まるで救いがないまま放り出して、聴き手に問いかけてくるんです。
そんな彼が、人間をドス黒い裏側から掘り続けて、掘り続けて、
こちら側に突き抜けた愛の歌が、
元ちとせの一連の作品ではないでしょうか。
「ワダツミの木」が限りなく美しいのは、彼女の歌の力はもちろんですが、
上田現が人間を掘り続けた、その道のりが美しいのかもしれませんね。