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5月7日の名盤は…

今日は、

今月2日に58歳で亡くなられた忌野清志郎さんについてお話しました。

あえて愛をもって「清志郎」と呼び捨てにさせていただきたいと思います。

功績についてはメディアでいろいろと語られていますが、

結局のところ清志郎はその時その時に興味、関心があることを、

自ら見聞きした、体験したことを信じて歌っていただけなんじゃないかと

思います。チェルノブイリの事故が起これば、

「牛乳が飲めなくなるのは嫌だなー」と思い、

子どもが生まれれば親バカ丸出しの歌を作り、

君が代が国歌なら国民であるオレが歌ってもいいだろうと行動する。

そしてそのフットワークの軽さ、自由さこそが彼の思うところの

ロックだったのではないでしょうか。

だからメディアから反原発ロックとレッテルを貼られ、

まつり上げられようとした時も、

「反原発ロックなんかじゃねー。ただのロックだ。」と言い切ったのでしょう。

反対に自由ではなく思ったことができない状態や人については、

「ダサい。さえない。」として忌み嫌い、徹底的に戦いました。けれども、

辛らつで過激な言い回しの中にも必ずユーモアと茶目っ気を

忘れることはありませんでした。

風刺が効いているというか、言葉は変かもしれませんが、可愛いんです。

言いたいことを言うだけではなく、

表現としてあまりにも優れているということでしょう。

そのことに関しては作詞の才能を見落とすことはできません。

それまでどうしても間延びしたり、

それを逃れようと英語風の発音でごまかしていた日本語を

きっちりと美しくロック・ビートに乗せたのが清志郎です。

グルーヴ感を失わずにはっきり聞き取れる日本語ロックを発明したのが

彼だということを覚えておきたいと思います。

4日に続いて9日にあるお別れ会も大ロックンロール葬になるようです。

番組では、今日は清志郎のある言葉と共に1曲お送りしました。

清志郎の子分的存在だったヒルビリー・バップスというバンドのメンバー

宮城宗典が亡くなった時、

彼の追悼ライブに出演した清志郎がこんなセリフを言って歌いました。

「いなくなった者より残された者のために」。

いろいろと考えたのですが、「いなくなった者より残された者のために」も

派手なロックンロールで清志郎を送りたいと思います。

お届けしたのは、

RCサクセション「ドカドカうるさいロックンロールバンド」でした。