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「異風者伝 近代熊本の人物群像」著者・井上智重さん

あらゆるジャンルの注目の人にインタビューする「ヒューマン・ラボ」
今日は、熊本近代文学館館長であり、
熊本ゆかりの偉人95人を紹介した著書
「異風者伝(いひゅうもん・でん)近代熊本の人物群像」を出版した
井上智重さんにお話をうかがいました。

Q① お名前と職業・所属を教えて下さい。
名前:井上智重(いのうえ・ともしげ)
所属:熊本近代文学館館長

プロフィール
1944年(昭和19年)12月、福岡県八女市の生まれ。地元の福岡県立福島高校に学ぶ、高校の先輩は作家の五木寛之さん。八女には画家の坂本繁二郎さんが住んでいた。古代、大和王朝に抵抗し、敗れた磐井(いわい)のために築かれたという岩戸山古墳が八女の丘陵部にあり、私の学んだ高校はその近くにあった。
熊本大学法文学部法科に進むがほとんど講義には出ず、文芸部で下手な小説を書き、映画研究部をつくった。
そのころから電気館の窪寺さんなどよく知っており、名画座・グランドでアルバイトをしていた。下通りにあった「山脈(やまなみ)」に出入りした。
佐賀新聞社に入り、10年いた。佐賀はまったくの異郷の地。
妻が熊本の女性。肥後の女のつよさ、やさしさもよく知っている。
熊本日日に中途採用された。熊日から声がかかって、妻の郷里であり、青春の地であり、移った。
佐賀でも文化部に5年いて、熊日でも文化関係が長かった。しかし、阿蘇総局長として4年いて、阿蘇の神話と歴史についてずいぶん書いた。一の宮町に依頼され、「阿蘇と豊肥線」という新書版の本も出している。
映画100年の企画で、日曜版に毎週「九州シネマ風土記」を連載。のちに「九州・沖縄シネマ風土記」として本になった。NHKの大河ドラマにあやかり、中央の出版社に宮本武蔵の本を頼まれ、当時、県立美術館の学芸員大倉隆治さんと共著「お伽衆宮本武蔵」を出した。これまでの武蔵像とは違う、武蔵の実像を大胆に描き、読売の書評に取り上げられるなど、インターネットなどでも話題になった。
文化部長のあと、また編集委員・論説委員に戻り、定年後も続け、5年と5カ月勤め、熊本近代文学館長になった。いま、1年と7カ月が過ぎたところ。
今回、「異風者伝」という本を古巣の熊日から出してもらった。熊日に連載した「近代肥後異風者伝」85人に以前書いた評伝のなかから幾つか加え、さらに徳冨蘆花と高群逸枝についてやや長文の書下ろしも加え、95人の列伝となった。
私の愚息は共同通信の記者をしているが、「おやじは記者ではなくものがきだ」と言っている。わがまま勝手、勝手ふじゃにやってきたということらしい。
愚息は外信に属し、先日も北朝鮮に出かけ、ルポを書いていた。女房にいわせると、「ぬるいルポだ」とさんざんだ。娘もいます。小津安二郎の「麦秋」が好きといったシブイ娘で、まだ嫁に行かない。(しかし、こんな話をしていたら、どれだけでも時間がかかる)
仕掛け人といわれているようです。小泉八雲、ジェーンズ、漱石、石光真清、宮本武蔵などなんでもやってきた。

Q② 今回出版された「異風者伝(いひゅうもんでん) 近代熊本の人物群像」の基本情報を教えて下さい。
 熊本日日新聞社の発行。値段は税込で2500円。560ページもある、ともかく分厚く、重たい。95人の人物伝ですから。副題は「近代熊本の人物群像」。
帯には「あっと驚く、うんと頷く 肥後異才列伝」とある。異風者と書いて、「いひゅもん」と読ませている。
東大名誉教授の平川祐弘先生の「解説」が帯にひかれていて、「幕末以来の熊本の人物群像に次々と光をあてた。その成果であるこの「異風者伝』は見事な読み物である」とある。すごくほめられ、顔が赤らむほど。ちょおと癖のある人物、歴史的にはわき役だが、非常に人間的な人物を描いているうちに、だんだん、歴史上の主人公まで描くようになってしまった。たとえば、徳富蘇峰とか、明治国家のグランドデザイナーと呼ばれる井上毅(いのうえこわし)など。
エピソードを中心につづっているから、面白いと思う。「偉いひとはみな、変わっている」というところですかね。

Q③ 「異風者伝」はどんな内容の本ですか?「異風者」とはどんな意味ですか?
「異風者」の定義はむずかしい。熊本で「いひゅもっこす」というと、あまりいい意味では使われていなかった。端的にいえば、変人、変わり者。しかし、それだけでは言いきれないところがあります。熊本だけでなく、佐賀でもいいますね。「お前さんは異風者」の意味を変えてしまったと先輩の記者などからもいわれました。「いひゅもん」という焼酎も百貨店で売られるようになって。
だれでもどこか変わっている。それをネガティブにとらえず、もっとポジティブにとらえた方ぎい。世に出るひとは、やはりどこか違います。
これまで熊本人をモッコスとかワマカシといった言葉で語られてきましたが、モッコスも手垢に汚れていて、「おれはモッコスだから」と自らいうひとを見ますと、俗臭を帯びてきこえますね。オレはモッコスといったとき、もはやモッコスという意味が失われてしまう。「いひゅもん」という言葉で人物の評伝を書いたのは、そういう意味もある。まだ手垢に汚れていない。私ひ「風」という言葉が好き。気分とかね。案外、歴史というのはその時代の気分で変わるものではないかと思ったりします。

Q④ 「異風者伝」を執筆するきっかけは何ですか?
記者というのはモノを書くのが仕事です。文化部長から編集委員に戻り、ひとりでやる仕事に戻った。毎日とか、週一、どこかの紙面の一部を、軒を借りるようにして仕事をするのはやりにくいところがあるのですね。月一回程度、一面使うわけですが、結構、空き紙面みたいなものが出て、1㌻まるまる一人で使うのは贅沢ではあるのですが、読み切りとの読み物としては意外にいいんで
す。読者につまんないものを書いていると思われたら、最後です。新聞も商品ですから。読まれてなんぼ。結構、読者もついてきて、だらだらと書かせていただいたわけです。
歴史ものというのは商品性があるんです。歴史ものはみなさん好きで、時代的には幕末から明治、大正かな。編集者として、記者のプロとして、商品を提供したい、これが動機です。
長すぎず、短すぎず、しかしじっくりと読んでいただけるものを。
人物者は好まれます。現代のひとを取り上げてもいいですが、ことばがつるつるとして、のっぺらぼううな感じでね。どこかで聞いたようなことを無理やりしゃべらせているような。その点、過去の人物は時代という波であらわれ、木目がきっちり出ていて、こつんと響くことがあるんですね。ずっと書きやすい。
私がやってきたことはコロンブスの卵みたいなところがあるんです。
「異風者伝」を毎月一回書きながら、定年を迎える前の年から週五回、「言葉のゆりかご」というコラムを始め、それに週一回、夕刊の本のページも担当し、まだ新生面もまわってきていましたから、やたら私の文章が溢れ出て、これはいけないと思いました。定年後も五年いて、そろそろ潮時だと思った。「言葉のゆりかご」は1500回以上書いたのでは。

Q⑤ 「異風者伝」には、95人の熊本ゆかりの人物がとりあげられていますが、井上さんが最も興味のある人物は誰ですか?その理由は?
好きな人物だから描いたというわけではないんですが、書いているうちにどの人物も好きになり、好きにならなかったら書けない。出来不出来はずいぶんあります。藤村紫朗なんか、熊本ではだれも知りませんが、山梨県ではすごく有名。山梨県の近代化をなした人物ですが、この藤村紫朗という名も勝手に本人が名乗ったわけで、身分は軽輩ですね。下級藩士の下。肥後勤王党です。肥後勤王党は軽輩が多い。実学党は中クラスの藩士です。黒瀬というのが本来の姓で、兄は江戸で横井小楠を襲撃した一人です。小楠は逃げて無事だったのですが、一緒に飲んでいた熊本藩の江戸留守居役は重傷を負い、死んでしまう。紫朗の兄はのちに松山で捕えられ、豊後鶴崎で仇討に遭っています。紫朗は長州勢と行動を共にし、維新を迎え、山梨県の県令になり、学校の校舎なども近代的な西洋建築によって建て、いまも残っており、「藤村式」と呼ばれている。
しかし、私が一番心がひかれるのは井上毅です。明治憲法はほとんど彼一人でつくりあげたといっていいのです。明治憲法を否定するあまりに彼を悪くいうほとがいますが、とんでもない。近代的な法治国家をつくろうとした人で、土佐の植木枝盛らに憲法とは何であるかといったことを教えているんですね。

Q⑥ 「異風者伝」執筆に関して、最も印象深いエピソードをお願いします。
エピソードはいっぱいあります。たとえば、大正11年、徳冨蘆花夫妻が里帰りして来て、熊本市の公会堂で講演をしています。二人は世界一周の旅をしてきたばかりで、演題は「私どもの土産」。そこで二人は聴衆の前でキスをして見せるんです。唖然とし、どよめくわけですが、当時の新聞記事にはそこまでは書いていません。しかし、五高生であった上林暁、有名な作家となりますが、その目撃談を書いております。こういうのを見つけるのが楽しみで仕事をしてきました。
来年は蘆花がブームになるはずです。というのも来年の大河ドラマのヒロインは山本八重という会津の烈女です。彼女は新島襄の奥さんになりますが、八重の姪、山本久栄と蘆花は同志社時代、恋愛事件を起こし、「黒い目と茶色の眼」という作品にそこいらが描かれています。二人の恋路を邪魔したのが八重です。

Q⑦ 今後の活動予定などを教えてください。
 今月28日、「異風者を語る春の夕べ」をホテル日航で開催します。私の本の出版記念会でもありますが、東京などからも異風者のご子孫たちが集まってきます。作家の出久根達郎さんや歴史家、評論家の松本健一さんもお見えいただきます。東大名誉教授の平川祐弘ご夫妻はもちろん。そこで肥後の異風者など熊本人の魅力を大いに語り、楽しもうというものです。
 熊本近代文学館は一昨年度、開館以来第二位の入館者数を記録し、今年度は昨年度を上回っており、開館以来の年間入館者の記録を達成しそうです。ぜひ、皆さんお見えいただきたいと思っています。来年は東京の永青文庫に文学館の漱石関連の資料などを持って行って、展示をやりたいといま、交渉を始めたところです。

 

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