熊本大学・田中朋弘教授を迎えて
あらゆるジャンルの注目の人にインタビューする「ヒューマン・ラボ」。
3ヶ月間にわたってスペシャル企画でお届けしています。
題して「FMK Morning Glory ヒューマン・ラボ 熊大ラジオ公開授業・知的冒険の旅」。
毎回、熊本大学の先生を講師に迎えて、さまざまジャンルの研究テーマについて
お話をうかがいます。
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第3回の講師は、熊本大学文学部総合人間学科の田中朋弘教授です。
倫理学について詳しく伺います。
Q① お名前と職業・所属を教えて下さい。
名前 : 田中朋弘
所属: 熊本大学文学部総合人間学科
プロフィール
1966年福岡県北九州市生まれ、福岡県立小倉高等学校卒業、
大阪大学文学部卒業、大阪大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学、
博士(文学)大阪大学。琉球大学法文学部講師、助教授を経て、
2004年より熊本大学助教授、2007年より同教授。
専門は哲学・倫理学、主な著書に『職業の倫理学』(2002年、丸善)、
『文脈としての規範倫理学』(2012年、ナカニシヤ出版)、などがある。
○田中研Web: https://sites.google.com/site/rinritanaka/
○熊大通信によるゼミ紹介:http://www.kumamoto-u.ac.jp/daigakujouhou/kouhou/kouhoushi/kumatu/vol_44_file/KT44_11-12.pdf
○哲学ラジオによる紹介:http://philosophy-zoo.com/archives/2232
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Q② 田中先生のご専門は、どんな研究ですか、わかりやすく教えてください。
私が専門とする研究分野は、倫理学です。
倫理学は哲学の一部門で、私たちが日常的に行っている倫理や道徳にかかわる
価値判断について、哲学的に考察する学問です。
哲学というのは、私たちの身の回りにあることすべてを対象として、
当たり前さの裏側にある対象の性質について考える学問と説明できます。
例えば、私たちは時に、自分自身がイメージする自分と、
他人の自分に対するイメージのギャップに気づいて、
「自分らしさ」や「本当の自分」って何だろうと考えることがあります。
そういう問いは「私」とは何かということ、つまり自分という存在の性質について
哲学的に考え始めていることになります。
哲学はこのように、自分の内側と自分の外側である世界について、
様々な問いを立てることができます。
そうした問いのうち、倫理や道徳と呼ばれる人間の関係性について
明らかにしようとするのが倫理学です。
私は、倫理学の中では、大きく分けて二つの領域に関心があリます。
ひとつは、規範倫理学と呼ばれる、倫理的価値判断の基準についての
理論的研究です。
私自身は、イマヌエル・カントという哲学者の倫理学説を博士課程で研究したのですが、
規範倫理学はカントの倫理学も含めて、様々な倫理学者の理論の妥当性を検討します。
これに関する研究成果として、先月、『文脈としての規範倫理学』(ナカニシヤ出版)という本を出しました。
もう一つは、応用倫理学と呼ばれる分野で、これは1970年代頃から活発になった
比較的新しい研究領域です。
応用倫理学では、生命倫理や環境倫理、情報倫理やビジネス倫理、
科学技術者倫理または工学倫理など、具体的な文脈における倫理問題を検討します。
応用倫理学の分野で私は特に、ビジネス倫理学に関心があります。
ビジネス倫理学では、例えば、最近ではCSRと言われる企業の社会的責任論や、
働くことをめぐる企業と社員の問題や、内部告発の問題など、
ビジネス活動に関わる様々な倫理問題を扱います。
あるいは、近年はビジネス倫理学の中では、専門職倫理に関心を持って研究を進めています。
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Q③ 田中先生がこの研究に取り組むことになった「きっかけ」のようなものがあれば教えてください。
特にこれというような目立ったきっかけと言えるようなことはないのですが、
中学生の頃から、少し世の中を斜めに見るようなところがありました。
特に、感情のコントロールができない大人が嫌いで、大人であるというだけで
なぜあんなに偉そうにしているのかと、少し軽蔑しているところもありました。
今から考えると、まあ反抗期というか、生意気だったのだと思います。
そんな状態ですから、その当時の担任の先生から、
お子さんは将来学生運動などに走る可能性があると注意されたそうです。
その話は、20年くらい後になってに知ったのですが・・・。
その頃に何を考えていたかは大方覚えていないのですが、
「人はなぜだれかを好きになるのだろうか」というようなことを考えていた、ように記憶しています。
哲学をやろうと思ったのは、大学で三年生に進学するときで、
それまではどちらかと言えば文学をやろうと思っていました。
ところがその頃よく読んでいた、カフカやドストエフスキーなど、
少し思想がかった文学作品を専門にやるところが私のいた大学の文学部には
見当たりませんでした。
また、国文科では古典文学しかやってないことも分かったので、
むしろ思想そのものをやろうと思って哲学科に進学することにした
というのがきっかけです。
そういう意味では、最初から哲学倫理学を積極的に選んだ
という感じではなくて、少し成り行きのようなところがあります。
学部学生の頃に、随分上の大学院の先輩から、
「君のその「らしくなさ」がいつまでつづくか楽しみだ」と言われました。
恐らく未だに「らしくない」と思いますが、哲学的に物事を考えることは嫌いではなく、
むしろ好きなので、あまりこだわりはありません。
普段は大型オートバイで通勤していますが、オートバイを運転しているときに、
アイディアがひらめくことも割と多いです。
走行中はメモが取れないのが難点です。
哲学という学問は抽象的ではあるのですが、ある意味では対象に
限定がないとも言えるので、幅広い好奇心が必要だと思います。
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Q④ これまでの活動を通じて、最も印象深いエピソードをお願いします。
2001年から2002年にかけてアメリカのボストン市へ留学をしましたが、
その最中に、同時多発テロが起こりました。
それ以降市内は一種の戒厳体制のようになり、生活上もいろいろ不便もあったのですが、
いろいろなことを否応なしに考えるきっかけにはなりました。
『職業の倫理学』(丸善)という最初の単著の依頼は、
この年の夏にボストン滞在中に受けたもので、原稿のほとんどはボストンで書きました。
八ヶ月ぐらいは、ほとんど朝から晩までこの仕事ばかりやっていたので、
あまり遊びに行ったりはしていないのですが、
この本は、アメリカと同時多発テロという二つの要素の影響を
大きく受けてできたものだという点では、個人的に印象深いところがあります。
この本は、自分の親でも読めるようなものを、というコンセプトで書いたこともあり、
比較的読みやすいところを受け入れていただいたと思うのですが、
関東の中学受験の進学塾からこの本の一部使用願いが来たときには驚きました。
問題文としてそれを読んでいるのは、小学校6年生ということになるからです。
さすがにその年齢まで考えて書いたわけではないのですが、
しかし確かに、小学生だから哲学的に考えることができないわけではありません。
むしろ反対に、本来は子供の方が、哲学的な問いに近いところにあると考えるならば、
そうした方向のアプローチも、もっとやるべきなのかと思ったりしました。
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Q⑤ 今後の活動予定やPRしたいことなどあれば教えてください。
研究そのものとしては、あまり派手なところはなく、基本的には、
哲学的なテーマについて考えて、それを論文や本にして公表していくということになります。
それらはすこし専門的なものになりますが。
他方では、大学では倫理学の教師として授業も行っていますので、
そうした内容をなるべく分かりやすく、実感をもって考えることができるように
指導するよう、努力しています。
少し前になりますが、働くことと倫理の関係について『職業の倫理学』(丸善)という本を出版しました。
これは大学入試などの問題文にわりと使われたりしたので、
それなりに読みやすいものになっていると思います。
また、 『文脈としての規範倫理学』(ナカニシヤ出版)を最近出版しました。
これは、規範倫理学理論を分析した入門書です。
様々な点で先が見えにくい状況があり、他方で情報が錯綜して
どれを信じたらいいのか分かりにくい現代ですが、そうした状況だからこそ、
哲学・倫理学的に根本からものを考えることの重要性は増しているように思います。
昔をご存じの方からすると、難しい哲学書をとにかく訳も分からず
読まされるというイメージあるかもしれませんが、
現実との対応を考えながら哲学的に考えることを重視して授業をしています。
たとえば、冬学期の授業ではニーチェの『道徳の系譜学』という哲学書を
13名程度の学生さんたちと読んでいます。
今時、こうした本を読もうという学生さんがまだこれだけいることを、
非常に頼もしく思っていますし、苦労しても哲学者と共に自分で考えることは、
必ず、自分を育てることに役立つと確信しています。
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