熊本大学・川井敬二准教授を迎えて
あらゆるジャンルの注目の人にインタビューする「ヒューマン・ラボ」。
3ヶ月間にわたってスペシャル企画でお届けしています。
題して「FMK Morning Glory ヒューマン・ラボ 熊大ラジオ公開授業・知的冒険の旅」。
毎回、熊本大学の先生を講師に迎えて、さまざまなジャンルの研究テーマについて
お話をうかがっています。
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第5回目の講師は、熊本大学 大学院自然科学研究科 人間環境計画学講座の川井敬二准教授です。
「建築音響学」について詳しく伺います。
Q① お名前と職業・所属を教えて下さい。
名前:川井敬二
所属:熊本大学 大学院自然科学研究科 人間環境計画学講座 (工学部建築学科)
プロフィール
昭和41年生まれ、愛知県出身
平成8年3月 東京大学大学院工学系研究科建築学専攻博士課程 修了、学位:博士(工学)
平成24年2月熊本大学 大学院自然科学研究科 准教授
専門分野:建築学の中の、建築環境工学の中の、建築音響学
ここ3年ほど「保育園の音響設計」を主なテーマとして研究を進めている。
所属学会: 日本建築学会、日本音響学会、日本騒音制御工学会、
こども環境学会、日本サウンドスケープ協会(常務理事)
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Q② 川井先生の専門である「建築音響学」とはどんな研究ですか?
建築学科の中に「音」の分野があることは知らない方も多くおられますが、
普段の生活を思い浮かべると、たとえばマンションでは「上の階の足音がうるさい」など、
騒音が気になることも多いと思います。(住んでからの苦情件数では「音」の問題が一番多いといいます)
こうした騒音の問題は音が伝わりにくい床や壁、窓を設計することで
防止できるわけで、建築の設計でも音のことを考慮することは大変重要です。
建築音響の分野は大きく「騒音防止計画」と「室内音響計画」という
二つの柱から成り立っています。
「騒音防止計画」はいま説明した騒音防止のための技術ですが、
音は「波動現象」なので、よくわかっていないと間違った対策をとってしまうことがあります。
最近省エネに関連して普及しているペアガラスは、ガラスが2重なので音も通りにくそうですが、
実際には2重になることで共振が起こって、1重よりも音が通りやすいものになっています。
またアパート・マンションでの子供の飛びはね音の対策として
「防音マット」なるものが市販されていますが、
フェルトやゴムのようなマットは実は飛びはね音にはほとんど効果がありません。
「室内音響計画」は音楽や会話など室内で出される音をよい音で聞くために、
主に吸音材(音を吸収する材料)を用いて「響きを調整」することに関する研究分野です。
コンサートホールの音響設計は室内音響計画の花形といえますが、
響きの調整はコンサートホールだけではなく、駅や空港(アナウンスを聞こえやすくする)、
教室・講堂・ラジオスタジオ(スピーチや会話を明瞭にする)、
そして今回の保育園などでの喧噪感の緩和効果など、
様々な空間をより快適なものにするために重要な設計項目といえます。
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Q③ 川井先生がこの研究に取り組むことになった「きっかけ」のようなものがあれば教えてください。
ここ数年ほど、研究テーマとして「保育空間での吸音の効果の検証」、
つまり保育園の室内音響計画をメインに取り組んでいます。
室内音響計画は、現状ではコンサートホールなどの演奏空間や
音楽室・オーディオルームといった「特別な空間」での設計項目にとどまっているのですが、
もっと一般の方々にもその価値を知ってもらえるような新たな対象や、
そこで効果を実証する機会を探してきました。
対象としては、居酒屋やカフェなども想定していましたが、保育園はそうした中で、
以下に説明しますように、吸音が最も有効な空間ではないかと考えていました。
ここで保育園での吸音の現状について説明しますと、建築設計で吸音の必要性が
取り上げられることはほとんどなく、設計の基準やガイドラインも日本には存在しません。
これに関する研究も、騒音の実測例はいくつかあるのですが、
実際の保育園で吸音の効果を検証した例はこれまでありません。
ところがそうした実測例を見ると、保育園の保育室は子どもたちの活発な
発声のために大変にやかましい空間といえます。
(平均85デシベルという、労働環境の許容基準に匹敵する数値の報告例もあります)
また乳幼児はまだ言葉の発達段階にあるので、
部屋の響きや騒音の中では言葉がよく聞き取れないという研究例があり、
このことはWHO(世界保健機構)の騒音ガイドラインにも記載されています。
(これは私たちが英語を聞き取る時に、機内放送など騒音の中では普段以上に聞き取れないのと同じです)
保育園は乳幼児が一日の大半を過ごす場所で、
それが音の面で劣悪な環境であることは、健康面、情緒面、発達面でも
大きな問題なのではないかと思われます。
こうした中で、熊本市内のひとつの保育園で、自由に実験をしてもよい、と
園長先生に言っていただけました。
小さい子どもがいる現場での実験はなかなか実現しないので、
これはありがたい申し出でした。
それで、できる限り危険や悪影響のないように、吸音材はよく用いられる
グラスウールではなく寝具にも使われるポリエステル製のものを用いて、
吸音の効果をみる実験を開始しました。
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Q④ 「室内の音響計画」について、保育園以外にも具体例があれば、いくつか教えてください。
音響設計(響きの調整)については、クラシックのコンサートホールのように
必ず行われる空間から、保育園のようにほとんど行われない空間まで
程度の違いがあります。
私自身は小ホール、会議室、保育園、小学校教室の音響計画に
関与したことがあります。以下、音響計画が望まれる空間について、
実施される程度をざっとまとめてみます。
・必須: コンサートホール、講堂、音楽室、テレビ・ラジオ・録音スタジオなど。
・比較的一般に定着している空間: オフィス、会議室、体育館など。
・広まりつつある空間: 空港、駅(地下駅やコンコース)、学校教室など。
・まだ例が少ない空間: 保育室、病室、高齢者のための空間、レストラン、学校の廊下など。
響くのが気になる空間は他にもあるかと思いますがいかがでしょうか?
駅でいえば、熊本駅はまだ行っていませんが、福岡の地下鉄では新しい七隈線のみ、
どの駅も天井やホーム壁などに吸音材が使われており、
アナウンスがはっきり聞こえる落ち着いた空間となっていると思います。
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Q⑤ どんな「音響設計」の室内空間を、人間は心地よいと感じるのでしょうか?
(なんとなくですが、完全に無音のような音楽スタジオのような空間は
ストレスを感じるような気がします…多少の音がある空間のほうがリラックスできるような。)
「心地よさ」という場合は、部屋の響きよりも周囲の音の大きさの方が重要でしょうが、
たしかに静かすぎても落ち着かない、というのはあると思います。
熊本大にも音響実験室として「無響室」というのがあり、それは扉を閉めると
外の音はまったく聞こえず、中で音を出しても一瞬で周囲の吸音壁に吸い込まれる、
という特殊な空間です。
初めて無響室に入った人はみな「なにこれ」「すごい違和感」「気持ち悪い」など、
とにかく驚いてもらえます。 音楽スタジオもそれに近いですね。
質問に戻って、不快な音環境といえば、「やかましい」「上の階の足音が気になる」など
騒音に関することや、ご指摘の「静かすぎて閉鎖的」といったシーンで
意識されることが多いでしょうが、音環境的に心地よい室内空間、というものは
なかなか意識されることがないと思いますがいかがでしょうか?
音はしばらくすると慣れてしまう。その慣れる範囲(許容範囲)はかなり広く、
良好な音空間からかなり不快な音空間まで、場合にもよりますが、
時間進行とともに意識されなくなることが多いと思います。
今回の保育園のように大変にやかましい空間でも、
「やかましいのが当たり前」で気にしたことがない、という声もはじめはよく聞かれました。
だからといってその状況が快適とはいえず、私としては、多くの方に快適な音環境を
体験してもらい、その心地よさを実感してもらえたらと思っています。
個人的にですが、住宅の居間のような空間を想定すると、
「心地よい」音空間とは「サウンドスケープ」を楽しめる空間だと思います。
それは、窓を開けても不快な音が入ってこない、その上で、季節ごとの
虫や鳥の声、雨風の音など、外界と室内が音でつながっていて、
それを感じることができる空間、というところです。
「サウンドスケープ」(音のランドスケープ、音風景)とはカナダの作曲家シェーファーが
1960年代に提案した造語ですが、快適な音空間づくりのよいキーワードだと思います。
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Q⑥ これまでの活動を通じて、最も印象深いエピソードをお願いします。
最初の実験で、保育園の天井に吸音材を取り付けて、
先生方には「部屋が響かなくなってよかった」 と言ってもらえることを期待していたら、
仮設後1ヶ月くらいでの聞き取り調査では
「最初はびっくりしたけれどそれほど気になりませんから大丈夫です」という、
響きとは関係ない回答ばかりでした。
自信のあった研究テーマだけに、ここでだめだと音響設計はいつまでも
オーディオマニアの方くらいにしか振り向いてもらえないのかと、力が半分抜けました。
そうしたら、3~4ヶ月すぎて改めて現場での聞き取り調査を行ったところ、
「よくなった」「この(吸音のある)部屋は落ち着く」などなど、先生だけではなく
保護者の方々にもかなり好評な様子。
私の方も研究のテーマ設定が間違っていなかったことを実感しました。
その後も、条件設定を変えて吸音材を取り外した保育室の担当の先生から、
吸音材がなくなって(大声を出すことが増えたので)1週間で喉を痛めたという話も聞かれ、
また室内の騒音レベルも明らかに下がるという実測結果が得られるなど、
吸音の有効性を実証することができたと思います。
(園児の保護者に新聞記者の方がいて、記事の記事になりました。)
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Q⑦ 最後にひとことお願いします。
吸音材というのは昔から製品もかなり市販されているもので、
とくに新しい技術ではありませんが、日常空間でのその効果
(喧噪な空間での響かないことの快適さ)はほとんど知られていません。
よく「声が響いてやかましい」といいますが、大半は「声が響く」というより
「部屋が響く」のであって、建築的に対策すればそれはかなり緩和できます。
やかましいことが当たり前、と思わないで、もっと快適な空間が手近に
実現できることを知っていただければと思います。
今後は保育や幼児教育の場の吸音設計のガイドラインづくりを通した
普及に努めるとともに、まだ検証されていない他の空間にも手を広げていきたいと思います。
そのひとつが高齢者のための空間で、耳の遠くなった方、補聴器を利用されている方にとって、
空間の響きは言葉の聴取を大きく妨げます。
(この点、高齢者は幼児とともに響きの影響を受けやすいグループといえます)
たとえば高齢者福祉施設の談話室などで、やはり耳の遠い方がおられるせいか、
テレビがかなり大きな音量で流されている場面が多いと思います。
そうなると在室者同士の会話もできなくなって、
コミュニケーションを大きく損ねることになります。
少子高齢化が進む現代社会において、子どもたちやお年寄りの
健康で快適な生活のために、音響設計は大きく貢献できるのではないかと考えています。
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