熊大ラジオ公開授業「知的冒険の旅」 石田聖先生
あらゆるジャンルの注目の人にインタビューする
「ヒューマン・ラボ」。
11月から3ヶ月間にわたって
スペシャル企画でお届けしています。
題して「FMK Morning Glory ヒューマン・ラボ
熊大ラジオ公開授業・知的冒険の旅」。
毎回、熊本大学の先生を講師に迎えて、
さまざまジャンルの研究テーマについて
お話をうかがいます。
Q①お名前と職業・所属を教えて下さい。
名前:石田聖(IshidaSatoshi)
所属:熊本大学大学院先導機構
(政策創造研究教育センター内)特任助教
プロフィール
長崎県佐世保市生まれ。
2005年熊本大学法学部公共政策学科卒業
2007年熊本大学大学院法学研究科公共政策専攻
(修士課程)修了
2009年カリフォルニア州立大学サクラメント
校協働政策センター客員研究員
2011年ポートランド州立大学
NationalPolicyConsensusCenter国際客員研究員
2013年熊本大学大学院社会文化科学研究科
公共社会政策専攻(博士課程)修了
2013年5月~熊本大学大学院先導機構
特任助教に着任、現在に至る
専門は公共政策学、おもに環境政策や
まちづくりに関わる合意形成、紛争解決の支援手法、
組織開発手法の研究及び開発。
参加型政策形成に関する研究を行っています。
Q②石田先生の専門である「合意形成」とは、
どんな研究ですか、わかりやすく教えてください。
現代社会にはさまざまな対立があります。
その根底には国や人種、地域、文化、宗教、
思想、経済的利害など様々な原因があります。
たとえば、ダムや道路など公共事業をめぐって
行政と住民との対立もしばしば様々な形で現れます。
こうした問題が複雑であればあるほど、
誰が利害関係を持っているのか、解決に必要な
資源や技術を誰が、どんな組織が有しているのかを
把握することは難しくなります。
問題が長期化すれば、裁判など時間やお金がかかり、
関係者間の関係修復がますます困難になっていきます。
今日、社会が必要としているのは、
そのような対立を解決するための様々な実践や
それらを支える理論的根拠や枠組みです。
こうした理論や実践を研究するのが合意形成の
分野ですが、「合意形成」と聞くとなんだか
堅苦しい言葉ですが、難しく考える
必要はないと思います。
要するに、いろんな意見や価値観を持った
利害関係者の意見の一致、あるいは共通理解を
作り出していくための仕組みや諸条件を
考えていこうというお話です。
最近では、とくに議論などを通じて関係者が
持っている様々な意見を明らかにしていくことで、
互いの意見の一致を図る「プロセス」が、
日本でも導入されるようになってきています。
例えば、まちづくりや組織の現場で行われている
「ワークショップ」と言われる手法も
その一つの形態といえます。
原子力発電所の安全性や環境問題などを中心に、
一定のリスクについて、行政、市民や企業が
情報を共有して、意見の一致を図る取り組みである
「リスクコミュニケーション」と呼ばれるものも
合意形成の一つの形態といえます。
こうした取り組みの有効性や課題を考え、
話し合いの場の設定や情報提供のあり方が
円滑に行われるシステムを考えて行くことが
重要だと考えています。
Q③石田先生がこの研究に取り組むことになった
「きっかけ」のようなものがあれば教えてください。
私が学生時代だった90年代末から2000年代は、
様々な公共事業の計画をめぐって、
「無駄な公共事業」という批判もされていたように、
地域住民と政府との間で認識のズレや対立が
実際に問題となっていた時期でした。
私自身、長崎県出身で、現在も大きな問題に
なっていますが「諫早湾干拓事業」に
象徴されるような大型公共事業の問題もありました。
そのような中で、住民と行政、地域内の様々な
意見を持つ人たちが納得のできる計画を
作り出すことは非常に難しい問題であると
感じていました。また、とくに90年代後半以降、
市民と行政の協働、いわゆる「官民協働」と
いわれる動きの中で、市民やNPO/NGOの
まちづくりへの参加が注目を浴びている
時期でもありました。
実際に、私も大学院時代に熊本のまちづくりに
関わる委員会に参加したことがあるのですが、
その中で感じたのは、より議論を深め課題を
解決するのにあまり適切な人選がなされていない、
あるいは、いわゆる声の大きな人に議論の場が
支配されてしまっていて、なかなか自分の要望や
提案を言い出せない状況にある人やグループが
あることに気がつきました。
そうした状況を打開する方策はないかと
考えていたときに、熊本大学でアメリカの
先生を呼んでシンポジウムが開催されたことが
ありました。偶然その時に、参加していた
インディアナ大学の先生が帰国される際に、
当時、片言の英語を駆使して空港まで
お見送りしたのですが、その先生が訴訟など
対立的な方法を用いずに、関係者間の合意づくりや
多様な関係者を巻き込んだ形でのチーム作りに
詳しい先生だったのです。
帰りのバスの中で、その先生に私の問題関心を
話したところ「あなたはここに行きなさい」と
紹介されたのが、カリフォルニア州の
サクラメント市にある協働政策センターでした。
その後、大学の研究の一環で、
運良くそこに行くチャンスがありました。
そこでは大学に所属する研究者と実務家
(あるいはNGO/NPO)がタッグを組んで、
大学が中立的な第三者機関として、問題の解決や
計画作りに向けて、地域の(利害)関係者や
利用可能な資源をしっかりと把握した上で
話し合いの場を設定し、できるだけ多くの
関係者が納得するカタチでの公共事業や
都市計画の実現をサポートする活動に
取り組んでいました。アメリカでは
「メディエーション」と呼ばれたりする
支援の手法になりますが、そこでは大学が
中立的なアクターとして関わった場では、
これまで把握されてこなかった利害関係者や
協力者(時には反対者)が明らかになり、
従来の話し合いとは違ったアイデアや
解決策が生まれて来るということがありました。
課題が複雑で不特定多数の人が
関わるような問題では、行政担当者や
政策決定者である議員さんだけでは
把握できない問題やリソースもあります。
例えば、全ての議員さんが再生可能エネルギー
発電やその設置場所周辺の自然環境に
詳しいわけではありません。
周辺住民や近くで農林業を営まれている方、
あるいは強い関心を持っている市民や
環境団体の方がより問題に詳しかったり、
解決に向けて別のアプローチを持っている
こともあります。
そこで単一のアクターだけでは解決できない
問題を解決していくために、垣根を越えた
チーム作りが重要になっているというわけです。
こうした協働のチームを支える枠組みは、
学問的には「協働型ガバナンス」とも
呼ばれる事もあります。
そういった問題解決の場をサポート、
コーディネートできる人材の養成が
アメリカでは早くから取り組まれています。
また、合意形成を図るための手法や実践が
日本よりも蓄積されていると言われています。
このように大学が中立的アクターとして、
地域内の合意形成や対立の解消を支援する
という試みは、日本ではまだ十分に
確立されていませんでしたので、
もっと深く勉強したいと思い、
アメリカ西海岸への留学を決意しました。
そこで合意形成の研究に着手したわけです。
Q④「合意形成」などの研究をされていると、
穏やかで周りと軋轢を起こさない人物像が
浮かんでくるのですが、石田先生自身は
どのような人格だと自分を思っていますか?
研究が生かされているものですか?
興味深い質問ですね。実は合意形成を通じた
紛争・対立、あるいは地域課題の解決に
関心をもったのはここ4年くらいの話です。
自分でいうのもなんですが好奇心は
かなり強い方ですので、いろんな人のお話を
聞きたいので出来る限り明るく同じ姿勢で
コミュニケーションを図っていくことを
心がけています。
できれば、相手の「笑い」を誘うような話を
することを常にどこかで考えている面は
ありますね。初めてお会いする人や、
自分とは少し違う意見がある人と話をするとき、
本筋とは全く関係ない話から「笑い」を
引き出すことができれば、たとえその人と
意見が違っていても、お互い笑ったりできると
いう部分で、話していくうちに共通の関心や
新しい見解が生まれてくるのではないか、
ということを模索するようタイプが私です。
もちろん上手くいかないこともりますが…
しかし実際に、アメリカにいたとき合意形成の
実務家の中には、本筋とは関係ない
インフォーマルなおしゃべりや食事や
ティータイムの時間などを、合意形成の成果と
関連付けて、どのように話し合いの場を
デザインするかを真剣に考えている方も
いらっしゃるんですよ。
あとこの研究活動を通じて学んだのは、
相手の発言だけではなく、表情、身振りや
手振り、言葉や言語化できない表現手法
(デザインやグラフィック、音楽など)、
あるいは日本よりも人種構成が多様な
海外だと人種や宗教観など、いろんな要素が
場作りにとって重要だと考えるように
なったことですね。
周りからの噂めいた評価ですが、
私と旅すると普段は旅先で怒って意見が
ぶつかってばかりいた方が、
私と一緒の時だけは、なんら対立なく
スムーズに旅行できたとか・・・・
そんなことを言われたことがあります(笑)。
Q⑤私たち一般の人間が「合意形成」の方法を
使って、解決できる問題などありますか?
またその具体的方法とは?
これも非常に興味深い質問ですが、
合意形成は大きな問題だけではなく、
家族や友人、職場など身近な関係の中で、
お互いプラスになる関係を築く上でも
重要になってくると思います。
大切なのは、賛成・反対という表面の主張
だけではなく、その裏にある理由や
ニーズに耳を傾けて、それらを満たす提案や
代替案を出し合うことではないでしょうか。
同じ言葉でも話している人によって
すれ違ったりすることがありますよね。
そのために雑談などもある意味相手を
知るチャンスになりますよね。
例えば、雑談をするだけでもこの人は文系、
理系、あるいは体育会系、保守的または
先進的、直感的または論理的、
など特徴がわかってきますよね。
相手と意見が合わないからといって
「この人は自分とは違う」、と即時に
決め付けるのではなくて、相手の良い部分を
探すというのを心がけるということも
大事でしょうか。相手に対する見方に
決め付けや偏見を持たないことも大事です。
一般的に言えることかもしれませんが、
私たちが問題やトラブルが生じたときに、
自分以外の目に見えるものに安易に着目して、
それを原因として見てしまおうと
することもあります。問題を見極める努力は、
一方でその精神的な状況から逃避したいと
いう欲求との葛藤だったりします。
相手と意見が食い違ったりしたときは、
逆に相手だけではなく、自身もっと良く知る
新たな発見のチャンスとポジティブに
考えることを私も心がけたいと思っています。
公共事業の是非など社会的問題に関する
事柄だったら、その問題に関して新聞などを
通じて、より問題について知り、
関心を持つというのも身近な合意形成の
一歩だと思います。問題のスケールに関わらず、
相手(対象)のことを知るということが
合意形成の第一歩につながるのかもしれません。
むしろ、私も研究を通じて感じているのは、
身近な意見の対立を解消しているグループの方が
大きな問題についても合意の形成や
新たな解決策を生み出しているような気がします。
Q⑥これまでの活動を通じて、
最も印象深いエピソードをお願いします。
いろいろありますが、アメリカで
調査研究をしていた時に興味深かったのは、
カリフォルニア州北部で、ある地域が
水質汚染問題の対策について地元住民と
行政が協力して取り組んだ事例です。
その時にも、私が研究留学していた
サクラメントにある大学のセンターが
中立的支援者として、関係者の
話し合いの場を支援していました。
最初は水質汚染が問題になっている
流域住民の間で意見の対立が激しく、
なかなか話し合いもぎくしゃくしていて
上手く行っていませんでした。
そこで一度、実際の中身の交渉に入る前に、
話し合いの方法やコミュニケーションに
関して、数日間参加者全員でトレーニングを
積んで、実際に水質の悪化が問題になって
いる現地に皆で足を運ぶようなことも行って、
全員が共有できる認識や共通理解を
作りだすのに努めていました。
そこで食事やインフォーマルな感じで
話し合いを重ねていくうちに、
今度は話し合いの参加者の多くが
サンフランシスコ・ジャイアンツのファンだと
いうことがわかってきました。
中には、子どもさんが同じ学校に通われている
といった情報も明らかになってきました。
対立している人同士も、汚染が問題になって
いる河川付近での釣りが趣味だということも
明らかになっていきました。
大学が中立的アクターとして話し合いの場を
支援してきたわけですが、
このケースでは本来の水質汚染対策という
テーマを超えて、関係者同士の関係性や
利害を超えて互いの違いや共通の関心を
認め合ったりして、最初は口をきかなかった
グループが、数ヶ月経ってみると話し合いして、
何か解決策を考えようという雰囲気が
生まれて行くようになりました。
そういって話し合いを重ねて行くうちに、
彼ら自身チームという感覚が生まれ、
最終的には普段の仕事の枠を超えて
自分たちでデザインしたキャップや
Tシャツを作って地域の課題解決に向けて
取り組むチームを作り上げていました。
また、この話には続きがあります。
当初は大学がサポーターとして彼らの
コミュニケーションの場を支援して
いたのですが、彼らが地域の課題について
理解や学習を深め、話し合いの場作りに
自発的に関与するようになってから、
大学の支援を離れて、流域住民や
ステークホルダーの間で自主的に勉強会や
話し合いの場を設けるようになって
いったということがありました。
私がその水質汚染対策プロジェクトの参加者に
インタビューをとった時に興味深かったのが、
課題への取り組みを通じた話し合いの場を
通じて、プロジェクトが一段落した後は、
彼ら自身がトレーニングや実践で学んだ
話し合いの場作りや実践で得たノウハウを、
自分たちの地域の中で対立が生じた時や
イベント開催(例えば、フットボール大会や
ファーマーズマーケットの運営など)にも
応用するようになったと答えてくれました。
こうして多様なバックグランドを持つ人々が
相互に学習し、課題解決に向けて取り組む
環境を整えることによって、新たな出会いの場や
アイデアも生まれ、これまでと違った解決策や
地域のプロジェクトへの波及効果もあることが、
強く印象に残っています。
Q⑦今後の活動予定や
PRしたいことなどあれば教えてください。
現在、アメリカで展開されている合意形成の
理論や実践の整理、たとえば成功事例や
失敗事例も含めてデータベースのような形で
整理していくことを検討しています。
ただ研究も文書の中で整理していくだけ
ではなくて、そういった合意形成の場を
支援できる人材育成のあり方を先進的な
地域から学んだり、また日本への
応用可能性を考えていきたいと思っています。
近年、私が学んでいたアメリカの方でも、
公共事業における対立や地域課題の解決に
向けて、私が留学していたような大学が
支援に関わっているのですが、
一言にアメリカの取り組みといっても
アメリカは日本と比べた場合、州や
地方自治体によって法律やいろいろな
制度が違います。また人種構成なども
様々ですので、例えば、カリフォルニア州で
上手くいった取り組みが他の地域で
上手くいくとは限りません。これは
日本でも同じようなことが言えると思います。
アメリカの方でも大学の研究者や実践家たちが、
これまでに得られた経験や教訓を共有する
ネットワークのようなものが出来つつあります。
そこでは、行政、地域住民、企業やNPOなど、
多様なバックグラウンドを持っている人たちが
上手く協働するためには、どういった場が
望ましいのか、どのような人による支援が
適切なのかなどについて真剣に議論が
重ねられてきています。
また、こうした議論はアメリカ国内だけで
共有されるものではなく、他の国や地域に
活用できないかといった知見も
共有され始めています。
こうした研究の動向をまとめ、
日本にも役立つ形でご紹介できれば嬉しいですね。
現在、まだ私の方でも動き始めたばかりですが、
熊本市内でも応用できないか考えています。
例えば、私が中立的な支援者として
介入することで、熊本大学周辺の学生街の
ゴミの分別状況改善などに、
こうしたアプローチが活用できないか
模索しているところです。こちらも地域の住民、
学生、行政の方々を巻き込んで環境改善の
取り組みにつながるような話し合いと協働を
実践する場を支援できればと思っております。
2月12日には、より具体的な事例やエピソードを
踏まえて「合意形成のためのチーム作り」に
関して講座を行う予定にしておりますので、
まちづくりや合意形成に関心のある学生、
行政の方、地域住民の方々に
ご参加いただけると有難く思います。
まだ日本、とくに熊本での応用など
模索し始めたばかりですので、今後、
いろいろな方と関わって行く中で、
私自身もっと勉強して、
協力者を増やしていきたいと考えております。
以上、「FMK Morning Glory ヒューマン・ラボ
熊大ラジオ公開授業・知的冒険の旅」でした。