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マツザキ・レコード

11月24日のマツザキ・レコードは

今日は、日本発信のディスコミュージック

セクシー・バス・ストップ / Dr.ドラゴン&オリエンタル・エクスプレス 

を紹介しました。

日本で生まれたディスコミュージックは、ピンクレディーやYMOなどのように

海外でもまずまずのヒットを記録したものもあります。

その中で「ディスコに真面目に取り組んだ」のは、

筒美京平ではないかと思います。

彼は有名な作曲家ですが、バリー・ホワイトやヴァン・マッコイのように

自らミュージシャンを集めて「Dr.ドラゴン&オリエンタル・エクスプレス」という

インストグループを編成し、国内でディスコヒットを出していた時期がありました。

代表曲は何と言っても今日紹介した「セクシー・バスストップ」ですね。

なかには「パクリ」なんて批判的に言う人もいましたが、

ディスコを「真面目」に「遊んで」「楽しむ」、

これもディスコの形ですよね。

11月17日のマツザキ・レコードは

今日は、

ギビング・アップ、ギビング・イン / スリーディグリーズ 

を紹介しました。

このアーティストは特に「日本」で流行したのではないかと思います。

筒美京平や細野晴臣作曲の歌も歌いヒットしましたし、

日本語で歌った曲をアルバムに入れたり、

頻繁に来日したりしていました。

後々、ヨーロッパに拠点を移すんですが、それこそがその後の音楽の

特にディスコサウンドの大きな転機を作ったといわれています。

シンセ系のディスコサウンドを大胆に取り入れ、ディスコのヒットを連発します。

今日はそんな頃のヒット曲、

ギビング・アップ、ギビング・インをお届けしました。

11月10日のマツザキ・レコードは

今日は、

ゲット・ダンシン /  ディスコ・テックス を紹介しました。

この曲は、ライブ音源か!?と思わせるほどノリノリのレコーディングで、

ディスコダンスのフィーリングに溢れています。

この曲は1975年に全米で最高10位を記録しました。

その後は、アメリカよりもイギリスでの人気が高かったようです。

リーダーのサー・モンティ・ロック3世は、

全身真っ白のスーツに身を包んだ怪しさ満載の姿でしたので、

特定のディスコでの人気が高かったというのも納得できます。

11月3日(火)のマツザキ・レコードは

今日は、

真夜中のレディ /  バカラ を紹介しました。

トランプのゲーム名から名付けられた「バカラ」は、

スペイン出身のメイトとマリアによる女性デュオです。

1977年のデビュー曲「魅惑のブギー」は、1600万枚も売れ、

特に欧州とアジアのディスコでヒットし、

イギリスとドイツではチャート1位を記録しています。

ところがその後2人の仲は上手くいかず、間もなく活動中止。

2人はソロの道を歩みますが、そちらもなかなかヒットに恵まれず、

そんな中、

メイトは別の女性と「ニュー・バカラ」を結成し、

ユーロビートのダンスミュージックを発表します。

その2年後なんと、マリアの方が更に別の女性と「ニュー・バカラ」を

結成したのです。

その後、メイトの「ニュー・バカラ」は「バカラ2000」、

マリアの「ニュー・バカラ」は「バカラ」と名称を変更し、活動を続けます。

実は「バカラ」は今も活動を続けておりまして、

スペインでもまずまずの人気なんだそうです♪

10月27日のマツザキ・レコードは

今日は、

レッツ・スタート・ザ・ダンス /  ハミルトン・ボハノン を紹介しました。

1942年 アメリカ・ジョージア州 ニューマン 生まれ。

彼は歌手だけでなく、R&B ダンスポップシンガー パーカッション奏者

作詞・作曲家 プロデューサー バンドリーダーとして

幅広く活動していました。

そんな彼ですが、元々はドラマーで、スティービー・ワンダーのバックバンドに

抜擢されたのが始まりです。

やがてモータウンのハウス・ミュージシャンとなり、

数々おヒット曲に携わるようになります。

独立の転機は、モータウンのロサンゼルス移転を嫌がった彼が、

同行を拒否したことで、

それでボハノンはソロ・プロジェクトを立ち上げます。

今日紹介したレッツ・スタート・ザ・ダンスは、彼の代表曲ではないでしょうか。

10月20日のマツザキ・レコードは

今日は、

おしゃれフリーク /  シック を紹介しました。

ナイル・ロジャースのカッティングギター、

バーナード・エドワーズのベース、

トニー・トンプソンのドラム。

ディスコでもよく流れていましたが、ソウルやファンクの泥臭さが残る

70年代のディスコ・シーンではいっそう洗練された感じがありました。

もちろん今でも現役ですよ!

残念ながらオリジナルメンバーはナイルのみになってしまいましたが、

日本での人気は今でも高く、今年もナイル・ロジャース&シックで

ライブを行っています。

10月13日(火)のマツザキ・レコードは

今日は、

ゲット・ダウン / ジーン・チャンドラー を紹介しました。

シカゴのソウルシーンを代表するR&Bシンガーとして有名な

彼は1937年、アメリカ・イリノイ州シカゴで生まれました。

本名「ユージン・ディクソン」はもともと黒人グループ「デューケイズ」の

リーダーとして活動、名前を隠し、ソロとしてもデビューします。

代表曲の「Duke Of Earl」は、ビルボードチャートで1位を獲得。

ドゥ・ワップ出身の黒人ソロ全米1位は彼が初めてでした。

あまりの売れ行きにグループを脱退し、

芸名のまま活動を続けていきます。

なんとその後も25曲のトップ100ヒットを放っています。

10月6日(火)のマツザキ・レコードは

今日は、

ブルー・ジーンズ / チョコレイト・ミルク を紹介しました。

ニューオリンズを拠点としたファンクスタイルを武器に、

70年代後期に結成されたグループですが、

80年代に入ると、どんどんディスコ・ミュージックに傾倒していきます。

甘い印象のバンド名とは逆で、

キレのあるファンクテイストのミュージックで、スマッシュヒットを連発、

しばらくディスコDJには欠かせないバンドになっていました。

9月29日(火)のマツザキ・レコードは

今日は、

ゴーリー・ワウ / スタイリスティックス を紹介しました。

名曲「ユー・アー・エブリシング」が

ダイアナ・ロスとマーヴィン・ゲイのデュエットで カバーされ、

有名になったのは皆さんもご存知ですよね。

さて、ソウル・コーラス・グループの中でも、

これほどメジャー感があり、ソウルを超えポップス、

そしてスタンダードまで発展したグループもそうはいないと思います 。

楽曲が流れるだけで、とてもラブリーな気持ちにさせてくれる、

それってとてもスゴイ事と思うんですよね…。

ちなみ、現在もメンバーが多少変わりましたが、活動中ですよ!

9月22日のマツザキ・レコードは

今日は、

ユー・アー / ナイトフライト を紹介しました。

ナイトフライトは、キューバ出身のサンディ・トレノと

マイアミ出身のハワード・ジョンソンの2人が79年に結成したユニット。

79年、81年に2枚のアルバムを発表の後は、

2人はそれぞれにプロデューサーとして、ソロアーティストとして活躍。

トレノは、アトランティックスターやレイクサイドに楽曲を提供しています。

ハワードは、ソロシングル第1弾「So Fine」がソウルチャート6位のヒット。

ですが、

僕は今でも才能豊かな2人ユニットの曲をもっと聴きたいなと思います。

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