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マツザキ・レコード

12月9日のマツザキ・レコードは

今日は、

ジョージア・オン・マイ・マインド  /  ジェームス・ブラウン

をライブアルバム「ラブ パワー ピース」から紹介しました。

言わずと知れた「ソウルの帝王」ジェームス・ブラウン。

早いものでJBがなくなってから、2年が経とうとしています。

亡くなったのは2006年12月25日でした。

葬儀にはマイケル・ジャクソンやMC・ハマー、

そして8500人のファンが集まり最後のお別れをしました。

死ぬ間際、マイケルやプリンスとやらなければならない事があると、

仕事の話をしていたそうです。享年73歳でした。

生まれは諸説あるんですが、

ジョージア州に子供時代に移り住み長く暮らします。

そこで、強くソウル音楽の影響を受けた彼は、音楽に目覚めていきます。

後にソウルを昇華 させファンクの土台を築く事になるんですね。

当然ディスコにも大きな影響を与え、彼自身もディスコソングを歌うんですが、

本当はあまり好きではなかったようです。

ディスコルーツの張本人なんですが、不思議なものですね。

今日は、JBが唄う同世代のアーティスト「レイ・チャールズ」の代表曲

「ジョージア・オン・マイ・マイン」のカバーをお届けしました。

JBというと、ファンクの早ーいリズムを思い出しがちですが、

この曲も実は隠れた名曲と言われているんです。

12月2日のマツザキ・レコードは

今日は、

スティル  /  コモドアーズ を紹介しました。

70年代、80年代のスーパースター、マイケルジャクソンと共に並ぶ、

ライオネル・リッチー。

元々はファンクのバンドとしてEW&Fと並ぶほど大活躍していたコモドアーズ、

時代の流れかリッチーの好みなのか、バラード系の曲が多くなっていきます。

様々な音楽が融合していく過程で、

純粋なソウル音楽がブラックコンテンポラリーという呼び方に変わっていく頃ですね。

何にせよ80年代に入ってからのリッチーの活躍は言うまでもありませんが、

この曲をはじめ、バラードは特にリッチー独自の雰囲気があって好きです。

11月25日のマツザキ・レコードは…

今日は、

リユナイテッド~恋の仲直り~  /  ビーチズ&ハーブ を紹介しました。

アメリカの男女ソウル・デュオ。

男性がハーブ、女性がピーチズで夫婦。…ではありません。

女性の「ピーチズ」は愛称のようです。結成は’66年とかなり古く、

当時は別の女性とのデュオだったそうです。

ちなみに女性は3人ほど 入替わっているみたいですね…。

相方の女性は美女ばかりですし…。

彼らの最大のヒットが、79年に全米No.1となったバラード

「リユナイテッド(恋の仲直り)」ですが、ソフトで爽やかな感じです。

それ以上にダンサブルな曲もかなりヒットさせていて、

「ファンタイム」 「シェイク・ユア・グルーヴ」はダンス・クラシックとして

今でもプレイされています♪

11月18日(火)のマツザキ・レコードは

今日は、

ウーマン・ニーズ・ラブ  /  レイ・パーカー・Jr を紹介しました。

80年代に青春を謳歌したMTV世代には、

「ゴーストバスターズ」のイメージがあまりに鮮烈かと思いますが。

本当はミュージシャンとしてもプロデューサーとしても、

スゴ腕の持ち主なんです。彼のキャリアの出発点はスタジオ・ミュージシャンで、

数え切れないほどたくさんのアーティストの録音にギタリストとして

参加しています。77年に一念発起、自己のグループ「レディオ」を結成。

翌78年にリリースした名曲「ジャック&ジル」が大ヒット。

またプロデューサー/ソングライターとしても、

彼はシェリル・リンやダイアナ・ロスなど、

様々なアーティストたちの楽曲を手がけ、

ニュー・エディションの「ミスター・テレフォン・マン」をヒットさせるなど、

飛ぶ鳥を落とす勢いで活躍することになります。

そして「ゴーストバスターズ」のマンモスヒット!、

その後も曲をリリースするのですが…今はいったいドコに…?

11月11日のマツザキ・レコードは

今日は、

ストンプ  /  ブラザーズ・ジョンソン を紹介しました。

兄・ジョージ(ギター、ヴォーカル)と弟・ルイス(ベース)の

ジョンソン兄弟からなるユニットで、1976年にデビュー。

名プロデューサー、クインシー・ジョーンズに認められて、

数々のレコーディングに参加してます。

今日紹介する「ストンプ」はディスコの代名詞!というほど

日本ではサーファー系の 大人気曲だったわけですが、

これが売れたのは80年の初頭。

彼らのアルバムは8枚ありますが、やはりクインシーのプロデュースによる

初期4作品が 充実した出来です。

そのラスト作品にナンバー1ヒット 「ストンプ」を収録しています。

メロディアスな曲調とファンキーなリズムに、

華やかなアレンジが施された ゴージャスな仕上がり・・・

ディスコ臭いですねぇ。

もちろん、名ベーシスト、ルイスのチョッパー・ベースも十二分に楽しめます。

プロデューサーのクインシーは、後のマイケル・ジャクソンの「スリラー」で

黄金期を迎えるわけですが、

その序章が「ストンプ」だったと言えるかもしれません。

ちなみ「スリラー」にはベーシストとして、弟・ルイスも参加しています。

11月4日のマツザキ・レコードは

今日は、

ユール・ネバー・ノウ  /  ハイ・グロス を紹介しました。

ビルボードのランキングは、ディスコ部門で最高31位だったんですが、

その哀愁調で完成度の高い旋律から、

80年代を代表するメロウ・ディスコ・クラシックと なりました。

発売は81年ですが、ディスコでもPOPでもシンセの打ち込みが

増えてきた頃ですよね。 その頃、ナチュラルでアーバンな音作り、

当時としてはちょっと古い音だったかもしれません。

旧来型のディスコであって、80年代の特徴であるシンセ音が

ほとんど聞こえてきませんからね。

このあたりが「You‘llのみの一発屋」で終わった原因かも・・・と思います。

ともあれ、You’llはさすがに気持ちがいい。

正直仕事終わりに深夜聞くと最高なのかもしれません♪

このアルバムはCD化もされていて、比較的容易に手に入ります。

秋の夜長にいかがですか♪

10月28日のマツザキ・レコードは

今日は、

マン・イーター  /  ホール&オーツ を紹介しました。

80年代アメリカで最も成功した男性デュオかもしれませんね。

82年から83年のディスコでは特によくかかっていました。

その後も定番としてフロアに定着したアーティストですね。

この頃は、ファンク・ソウルのディスコもカゲを潜めて、

アメリカでは以前紹介した、サントラシリーズからの楽曲だったり

POP/ロックのアーティストなどがディスコを席巻するようになります。

ハイエナジー中心のヨーロッパとは随分雰囲気が違ってきますよね。

ロック系の曲はっこいいんですが、踊るとなるとちょっと疲れるんです…。

僕らの世代はこの少し後ぐらいですが、

ハイエナジーが日本でも全盛でしたが、そんな中でもマン・イーターは、

渋めの曲で、みんな踊っていました♪

10月21日のマツザキ・レコードは…

今日は、

ハッピー・ソング  /  ボニーM を紹介しました。

70年代にディスコ的に大ヒットを飛ばした、

ドイツはミュンヘンサウンドの申し子、 ボニーMを紹介しました。

パッと見、「イロモノ」なのか!?と思わせる

キャラクター的なファッションから、 誤解されがちですが、

中々いい曲が多いのも事実でして、これはプロデューサーの腕ですかね。

80年を過ぎて、アメリカのディスコブームに陰りが見え始めた頃に、

一層の盛り上がりを 見せていたヨーロッパディスコなんですが、

常に先行くボニーMが久しぶりにヒットさせたのが、

今日紹介したハッピーソングです。

カリビアンな雰囲気も感じさせつつ、打ち込みを駆使した曲作りは、

その後のハイエナジー、 ユーロビートの源流のひとつなっているんです!

この曲自体は、イタリアのアーティストのカバーという事なんですが、

ヨーロッパはもちろん ハイエナジーに染まりつつあった日本でも大ヒットします。

特に子供達の声で「ヨーヨーヨー」と掛け声が入るんですが、

これに合わせて フロアのみんなが掛け声を出していたのが印象的で、

楽しかったです♪

10月14日のマツザキ・レコードは

今日は、

ゲット・レディ  /  レア・アース を紹介しました。

不滅のディスコソングである「ゲット・レディ」は、

このレア・アースの作品としても とても有名な曲です。

生粋のロックミュージシャンではありますが、

1969年にモータウン・ レーベルと契約し、異色の白人グループとして、

同年に発表したアルバム「ゲット・ レディー」の同名シングル曲が

大ヒット(70年に全米一般チャート4位)したのでした。

前身は1961年に結成され、デトロイトのローカルバンドとして

活躍していた「Sunlines」 というバンドです。

67年にレア・アースに改名後、しばらくしてモータウンが目をつけて

契約しブレイクしたわけです。

代表曲「ゲット・レディー」は、もともと同じモータウンの看板グループの

テンプテーションズが66年に放ったヒット曲のリメイクですね。

しかし、同チャートで29位だった原曲を凌ぐ人気となったのです。

ちなみに原曲の作者はスモーキー・ロビンソンなんです。

どちらのヴァージョンも定番として、

ディスコで流れるところが凄いですね。

古臭さは否めないものの、70年前後生まれの文字通り

レアなディスコといえると思います。

この手の「古いロックやけどディスコでオッケー」な曲としては、

ショッキング・ブルーの「ビーナス」(69年)なんかも挙げられると思います。

手に入れたいという方へ…。

レア・アースのゲット・レディーは、アルバム原盤に収録されているのは

21分半もあるライブバージョンなんです。

短いシングルバージョンがいろんなコンピに入っていますよ。

10月7日のマツザキ・レコードは

今日は、

Get up offa that fank  /  Rufus Thomas を紹介しました。

このコーナーで紹介するのは、実は1年ぶりなんですが。

ミシシッピー出身のメンフィスのブルース歌手。

1950年代にはサンレコードでブルース歌手として

吹き込みをしていましたが、その後、

ファンキーダンスが流行った1960年代からは

R&Bやファンクやソウルなどのジャンルで活躍しました。

ブルースマンというよりはボードビリアンのようで、

タップダンスやコメディーまでこなすエンターテイナーでした。

1963年にレコーディングした”Walkin‘ The Dog”が大ヒット、

そこでルーファス・トーマスはアメリカで始めての

黒人による黒人のためのラジオ局、

「WDIA」で番組のパーソナリティとして活躍、

白人のエルビス・プレスリーを 黒人リスナーに紹介したり、

BBキングを発掘したとも言われています。

今日は何をやらせても、サービス精神たっぷりなルーファスの

初期のファンクナンバーを お届けしました。

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