あらゆるジャンルの注目の人にインタビューする「ヒューマン・ラボ」。
今日は、熊本大学政策創造研究教育センターの准教授 河村洋子さんを
お迎えして、専門の「ヘルス・コミュニケーション」について
どんな研究をされているのかなど詳しくうかがいました。
実は、河村さんはFMKで6月からお届けします、
ラジオドラマ「17歳の保健室」ととても関わりのある方なんです!
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Q① お名前と職業・所属を教えて下さい。
名前 : 河村 洋子(かわむら・ようこ)
所属: 熊本大学 政策創造研究教育センター
プロフィール
山口県徳山市(現周南市)出身。
高校卒業後、中央大学法学部に入学、卒業。
その後、DCカード(現 三菱東京UFJニコス)に入社するが、
一念発起しアメリカ留学を決意する。
アラバマ大学バーミングハム校公衆衛生大学院、
健康行動科学研究科に入学し、修士と博士課程を修了。
公衆衛生修士(Master of Public Health)と
PhD (Health Education and Promotion)取得。
2006年12月に帰国し、2007年2月Benesse教育研究開発センター
(ベネッセのシンクタンク部門)に研究員として就職。
しかし、専門性が活かせず、2008年3月退社し、2008年4月に、
国立がんセンター(現国立がん研究センター)がん対策情報センターで、
リサーチレジデント(ポストドク)として勤務。
2009年8月、熊本大学政策創造研究教育センターに赴任、現在に至る。
熊本大学はもとより、熊本には縁もゆかりもないと思いきや、
祖先は加藤清正の家臣であったが、熊本から山口県に流れ商売を始めたらしい・・・
現在は、変わったが、実家の商売の屋号はヒゴヤであった。
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Q② 河村先生の専門であるヘルス・コミュニケーションとは、
どんな研究ですか、わかりやすく教えてください。
個人の健康的な行動を如何に促すかを探究する学問で、
特に促進するための方法が研究対象です。
そのためには、まずは、行動を決める要因やメカニズムを
理解することが必要なので、そのようなことも研究します。
とても強調したいのは、個人の行動は、実は外的な要因
つまり社会的な環境にとても影響されると言うことです。
外的な要因にはまず、物理的なものがあります。
たとえば職場でたばこを吸うことができないことになっていて、
吸う場合には遠い喫煙所まで行かなければいけないとなると、
面倒くさいから、あるいは暇がないから吸う本数が減ってくる、
ひいては吸わなくなると言うこともあるかもしれません。
もうひとつは、非物理的なものです。
その顕著な例は、個人を取り巻く人、つまり人間関係です。
人間はとても社会的な生き物で、一緒にいる人に応じて
行動は変えます。
たとえば、元々食べることが好きなダイエットしたいと思っている人が、
ランチに行く場合を想定してみてください。
ダイエットなんか気にしない大食漢の同僚と一緒であれば、
その人は迷わず大もりを注文するかもしれません。
しかし、その人と同じようにダイエットしている同僚と一緒であり、
(互いにダイエットしていることを知っていれば尚のこと)
健康的なメニューを選び、小盛で注文する可能性は高くなると思います。
その他の非物理的なものの中の重要なものは、社会の中にあるルールです。
このルールには、法律や条例などの法規がありますが、
顕著な例はシートベルトの着用や飲酒運転でしょう。
懲罰の厳重化が促進に大きな影響を与えました。
もう一つのルールは、法規のように決められてはいないが、
私たちが共有している「きまり」です。
たとえば、都市部では、町内会に加入しなくても文句を言う人は
いないかもしれませんが、農村部ではそうはいきません。
農業に関わることを一緒にしていかなければならないから
良い関係性を継続するために、ということもあるでしょうし、
それ以前に町内会活動に参加するのは住民の方々が
共有する当たり前の感覚、つまり「きまり」といえます。
このようなきまりのほうが、法規よりも強い力をもつことがあるのも面白いところです。
このように、個人が研究対象だけれども、私たちは、その人を取り巻く環境にも注目し、
効果的に個人の行動を促すための働きかけを考えようとします。
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Q③ 河村先生が、この研究に取り組むことになった
「きっかけ」のようなものがあれば教えてください。
私がアメリカで修士を終えるころ、私の恩師であるコニー・コーラー先生と出会いました。
彼女は人間的にとても魅力的な人で、多くの学生から心から慕われていました。
私にとって彼女は、人生の師であり続ける人だと思っています。
コーラー先生が当時、エンターテイメント・エデュケーションの手法を用いて、
アラバマ州で糖尿病などの生活習慣病の予防と管理行動を促すための、
ラジオドラマを制作するというプロジェクトを立ち上げようとしていました。
私はプロジェクトインターンシップと言うかたちで手伝うようになりました。
ちなみに、プログラムの名前は「BodyLove」です。
そこから、私たちのエンデバーが始まりました。
私はこのプロジェクトの中で、シナリオ執筆から収録のスケジューリング、
評価研究活動まで多岐にわたることに関わる経験をする機会を得ました。
また、このプロジェクトは大学が複数の部局で取り組んでいたプロジェクトでしたが、資金が足りない。
そこで、私たちは年がら年中助成金申請の申請書書きに励んでいました。
そんな中、プロジェクトはアメリカの最も大きな私的基金の一つである
ロバート・ウッド・ジョンソン基金からの助成金を獲得しました。
この申請の中で、私たちは、「BodyLove」をアラバマ州全域で放送することを
提案していましたので、ラジオ局に放送交渉にも行きました。
私は、この中で、プロジェクトコーディネーターと言う役割を正式に担うことになり、
全般にわたるプロジェクトにかかわる大小の事柄を調整し、全体を推進しました。
また、「BodyLove」の効果のメカニズムを検証すると言うことを私の
博士論文のテーマにしましたので、私にとってキャリアの礎ともいうべきプロジェクトであり、
経験であったと言えます。
私はエンターテイメント・エデュケーションという考え(概念)を、実践的な研究を通して
日本に紹介する人でありたいと考えていました。
帰国して早3年以上が経過した頃、熊本大学に着任して、文部科学省からの
研究補助を受けて、その思いをかたちにし始める機会を得ました。
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Q④ 河村先生は、この分野で、とくに「エンターテイメント・エデュケーション」
という手法を研究されているそうですが、どんな研究ですか?
「エンターテイメント・エデュケーション」を初めて聞かれる方がほとんどだと思います。
エンターテイメント・エデュケーションの概念は、新しいのですが、
実は昔からあるもので、古くて新しいという表現がここまでしっくりくるものは
ないのではないかと思うほどです。
人間は古くから物語を介して人としての教訓を語り継いでいると言えます。
日本でも昔話、民話などが各地にありますが、地域は違えど類似していて
その根底にあり、物語が示唆している教訓が共通しているものも少なくありません。
さらに、このような物語による教えは、万国共通と言っても過言ではないでしょう。
どうして普遍的なのか?それは私たちが、物語により教え(教育)を伝えることで、
それがきちんと受けての心に残り受け継がれること、つまり教えをつたえるの(教育)に
効果的であることを知っていると言えるのではないでしょうか。
エンターテイメント・エデュケーションは人類普遍の方法であると言えると考えています。
さて、古くて「新しい」わけですが、この「新しい」部分は「戦略化」です。
そして、戦略化が進んだ背景には、テレビやラジオなどのマス・メディアの普及があると言えます。
エンターテイメント・エデュケーションの発展の歴史に欠かすことのできない人物に、
メキシコのテレビ・演劇ディレクターであるミゲル・サビドがいます。
彼は、様々なエンターテイメント・エデュケーションのかたちの中で、
ドラマの戦略の礎をつくりました。彼の構築したその戦略とは、
人は他者の経験を見聞きすることで学習するという社会心理学的な理論を軸にして、
それをドラマと言う形で表現することで効果的な社会学習機会をつくる、というものです。
このようなサビドの戦略は世界各国で活用され、個人と社会をよりよい状態へと
促す役割を果たしてきました。そして、活用のかたちも現代のIT進化に合わせて
発展、変化してきています。
私は、サビドの構築した体系的な方法論を参考にしながら、日本の社会状況に応じ、
かつ日々進化していくエンターテイメント・エデュケーションの活用のあり方を考慮しながら、
効果的に健康やその他の重要な社会的な課題に活用するような実践的な研究をしています。
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Q⑤ 今回「エンターテイメント・エデュケーション」研究のプロジェクトの一環として、
FMKとラジオドラマを制作したそうですね。 詳しく教えてください。
最初に青少年の性の健康に関するエンターテイメント・エデュケーションラジオドラマ制作の
企画について、相談を持ちかけたのは、私が熊本に来て間もない2009年秋でした。
とても前向きに受け止めてくださったので、研究費の補助金申請を出すことを決めました。
翌年春に3年間の研究活動に対して助成金の採択が決まりました。
2010年度は、ラジオドラマ制作のための、基盤的な調査を行いました。
まずは、これまでされてきた研究からわかっていることを整理しなおしました。
また、以前全国規模でされた調査のデータを再分析しました。
さらに、県内の高等学校などにご協力いただきまして、高校生を対象にした
アンケート調査を実施し、データの分析をしました。
全ての活動から見えてきたことを整理したのが、初年度の成果となりました。
翌2011年度は、本格的な制作の年になりました。
熊本大学、熊本県立大学の大学生に呼びかけてライターズチームを編成、
12名程度の学生が恒常的に関わってくれるチームです。
8月から本格的な活動を始めました。まずは、コア・メッセージを決めることを、
ワークショップ形式で進めました。大学生が「少し先輩として後輩たちに伝えたいこと」です。
その過程で、前年度までの成果で、青少年の性の健康に関して分かっていることや
エンターテイメント・エデュケーションについて伝え、ライターズチームのみんなが
取り組んでいる課題について知識を身につけていきました。
また、「高校生に避妊方法を伝えることの是非」
「コンドーム利用を高校生に促進することの是非」を議論して、
多角的に課題について考えていきました。
また、想定するリスナーのイメージを共有し、明確にするために、
「高校生の典型」のイメージを共有することもしました。
このようにして、コア・メッセージと、それを伝えるための6つのテーマを決めました。
8週間のプログラムを予定していたので、各週の想定されるリスナーを決めて、
そのリスナーに伝えるべきメッセージを6つのテーマから選んでいきました。
それを基に、あらすじを丁寧にチーム全体で話し合っていったのが、9月でした。
あらすじができて、それぞれに中心的だった8人が実際のシナリオ執筆の主担当となり、
4週ごとの2チームに分けてサポータも加え10月から12月まで、尽力しました。
完成したのが、鶴亀高校を舞台に、保健委員佐藤健人の仲間たちが織りなす
8つのオムニバス青春ドラマ『青色オムニバス』です。
原作は、まさに大作!です。
しかし、5分番組では実際のラジオドラマの時間は2分半しかなく、
原作はとんでもなく長すぎました。
そこで、FMKで年末年始の間にシナリオを校正してくださり、
ラジオドラマ『17歳の保健室』の台本が完成しました。
台本は、原作シナリオの教育的なエッセンスを逃がすことなく、
展開が洗練されていました。さすがでした。
キャストですが、今後のすそ野の広がりを狙って、ぜひ若者に参加してもらいたい、
と言う思いから、オーディションをすることにしました。
今年1月26日のことです。高校には放送部や演劇部を中心に呼びかけをしました。
また熊本市内で演劇活動をしている方にも声をかけました。
またライターズチームの学生さんが中心的に、大学生や社会人への
参加呼びかけをしてくれました。オーディションには、41名の参加者が来てくれ、
レベルの高さに選考が難航しましたが、19名の精鋭メンバーが選ばれました。
2月の2回の土曜日に収録を行いましたが、その前に、1月から2月初旬で
読み合わせを行いました。
読み合わせの甲斐あって、収録は順調に終えることができました。
キャストがかぜをひいて後日別収録というアクシデントも想定の範囲内で対応していただきました。
音の編集は細かい作業ですが、ここは入念に根気強く進めてくださいました。
私の想像ですが、かなり根気のいる局面もアタあったのではないかと思います。
このような多くの人の汗と涙の結晶として全週分ドラマの入ったCDを受け取ったのは、
4月中旬でした。
そして5月12日、ワールド・プレミアを開催することができました。
構想から実に、足かけ2年半の軌跡です。
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■ラジオドラマ「17歳の保健室」 2012年6月4日(月)~7月27日(金)
月曜~金曜 21:55~22:00 放送。 全40回 。
?第1週:Take me out to the KOSHIEN 6/4(月)~6/8(金)
?第2週:彼女いなくて焦ってない? 6/11(月)~6/15(金)
?第3週:恋でも恋じゃなくても 6/18(月)~6/22(金)
?第4週:Because I love you 6/25(月)~6/29(金)
?第5週:言わないと分かんない! 7/2(月)~7/6(金)
?第6週:モテナイくんは意外ともてる 7/9(月)~7/13(金)
?第7週:What do you think? 7/16(月)~7/20(金)
?第8週:青春と人生の交差点 7/23(月)~7/27(金)
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Q⑥ 今回のプロジェクトを通じて、最も印象深いエピソードをお願いします。
性の健康の課題は、とても私的なものでなかなか普通のオープンな会話の中では
出てこない話題だと思います。
しかし、これに挑んだのがライターズチームの大学生たちでした。
私たちが伝えたいメッセージを伝えるために、どう表現したら良いのか、
本当にたくさん話しあいました。それ自体が、このプロジェクトを支えています。
若者の力の素晴らしさに、乾杯です。さらに、私がそこから派生して嬉しいことは、
参加してくれた学生からプロジェクトに参加して良かったという感想をもらったことです。
物語のなかで、最も印象深いエピソードは、最後です。
ここができるときのエピソードも印象深いものです。
というのも、強力なプロジェクト協力、支援者である県立大学の小薗先生が
読み合わせの会にいらっしゃって、最近父親になったというご自身の立場で
いただいたご意見で、物語の最後の方向性が、とてもよい方向に変わったと
考えています。
内容を詳しくは話せませんが、何度聴いても心にグッとくるものです。
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Q⑦ 今後の活動予定やPRしたいことなどあれば教えてください。
今回のプロジェクトを通じ、私が研究者という立場で、
エンターテイメント・エデュケーションを実践的研究活動を通じて
活用していくことの有意義さを実感しています。
まだまだこのプロジェクトでもやるべきことがたくさんあります。
その大きなもののひとつは論文を書いて、世にこのプロジェクトのこと、
そしてエンターテイメント・エデュケーションの可能性を伝えるミッションがあります。
そして、このプロジェクトを発展させていきたいと考えています。
地域におけるFM熊本などのローカルメディアと共に、活動していくことで、
社会的な課題を地域のアジェンダとして、効果的に示すことができると思います。
しかし、そのためには本当の意味で、「一緒に汗をかく」ことが必要だと思います。
それができたこともプロジェクトの強みだと考えています。
このような取り組みを広げていくために、エンターテイメント・エデュケーションに
関する研究・実践を積み上げていきたいと思っています。
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