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会社のヒミツ

お掃除ロボット「ルンバ」のヒミツ

今日は、お掃除ロボット「ルンバ」について、

アイロボット日本総代理店 株式会社セールスオンデマンド 九州営業所

所長 朝日伸さんにお話をうかがいました。

~~~~~アイロボット社 会社概要~~~~~

「ルンバ」を開発したアイロボット社は家電メーカーではなく、

ロボット創業会社になっています。

マサチューセッツ工科大学で最先端の人工知能を研究していた

科学者3名によって1990年に設立されました。

その高い技術は地雷除去ロボットやNASAにも提供している

アメリカ国家プロジェクトにも採用され、世界中で役に立っています。

http://www.irobot-jp.com/

「iRobot」というと、大ヒット商品「ルンバ」が有名ですが、この商品の

開発時のエピソードを詳しく教えて下さい。まず、いつごろ?

どんなきっかけで開発することになったのですか?

アイロボットはそもそも「人に役立つロボット」をたくさん創ってきました。

アメリカ政府にも貢献するロボットを創っていて、アイロボット社独自の

人工知能を開発しました。

その人工知能を一般の家庭で役立つロボットに転用して開発されたのが

「ルンバ」です。2002年に発売され、世界中で愛されています。

その「ルンバ」の開発のポイントはどこでしょうか?

やはり政府で使用されるような高い技術、主にアウェアという人工知能を

上手く使用して開発したことだと思います。

人工知能を使用して部屋中くまなく行き渡り、徹底的にお掃除できるように

したことがポイントです。

「ルンバ(Roomba)」のネーミングの由来を教えて下さい。

動いている様子がおどっているようなので、ダンスの「ルンバ」と

お部屋の「Room」にかけてネーミングしたと聞いています。

現在、最新型の「ルンバ」が大ヒット中だそうですが、特徴をご紹介ください。

「アイロボット ルンバ」は唯一人工知能が搭載されたロボット掃除機です。

その技術は最先端のものになります。

人工知能がバージョンupされただけではなく、よりすばやく的確に動作を

くりだす「アイアダプト」も新搭載されました。

アイロボットは、人以上、また人のお掃除並みに開発したお掃除を

徹底的にする目的のためだけにルンバは作られたので、清掃能力は

とても高いです。また、人のお掃除ではとりのがしてしまうような微細な

ゴミもきちんととります。その掃除力がヒットした理由だと考えています。

他の商品でも、御社の開発秘話などのエピソードがありましたら、

教えて下さい。

弊社セールス・オンデマンドがルンバの次に日本で売っているのが

「ブルーエア」という空気清浄機になります。

この空気清浄機もルンバに似ていて、「徹底的に空気をキレイにする」

ことだけを目的に開発されました。

その実力は世界で№1の称号をいただいています。

例えば8畳のお部屋もたった2.5分で1回キレイにすることができる

スピードです。

ブルーエアはスウェーデンの空気清浄機専業メーカーになるのですが、

家電メーカーさんがたくさんの家電を開発しなければいけませんが、

ブルーエアはフィルターから独自で開発しているので、ここまで高性能な

空気清浄機も実現できました。

 

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「株式会社ファミリーマート」のヒミツ

今日は、ユニークな商品開発でおなじみの「株式会社ファミリーマート」の

商品本部 地区MD部 九州MDグループ 古賀久昭さんにお話を

うかがいました。

~~~~~株式会社ファミリーマート 会社概要~~~~~

株式会社ファミリーマートは、日本国内で8737店舗、海外で10967店舗の

コンビニエンスストアを、フランチャイズシステムにより展開しております。

ファミリーマートの店舗では、ジューシーな骨無しフライドチキンの

「ファミチキ」や、手作りデザートの「Sweets+」シリーズなど、1店舗で

約3000種類の商品を取り扱っております。

全国どこのファミリーマートに行っても購入する事ができる定番商品も

ございますが、おむすびや弁当などの“中食”と呼ばれる商品は、

各地域でとれた素材を使用したものや、その地域に親しみのある

味付けをした地域限定の商品がございまして、近年ではその割合が

多くなってきております。

http://www.family.co.jp/

「ファミリーマート」という社名の由来を教えて下さい。

「お客さまとフランチャイズ加盟店と本部とが、家族的なお付き合いを

しながら共に発展していきたい」という考えから、「ファミリーマート」と

命名されました。

ちなみに、ファミリーマートのベーシックカラーは、人々に最も親しみを

感じさせる色であるブルーとグリーンです。ブルーは都会性、知性、希望、

自由を表現し、グリーンはフレッシュ感、若々しさ、清潔感を表しています。

「ファミリーマート」というと、大ヒット商品「俺のスイーツ」が有名ですが、

この商品の開発時のエピソードを詳しく教えて下さい。まず、いつごろ?

どんなきっかけで開発することになったのですか?

2006年からオリジナルブランドの「Sweets+」を立ち上げており、

男性7割の方に購入いただいているという特徴があり、

2007年より男性向けスイーツの展開を行い、

2010年に「俺の」シリーズが誕生しました。

その「俺のスイーツ」の開発のポイントはどこでしょうか?

男性向けに、

①ボリューム

②甘すぎない(ビターなチョコを使用するなど)

③素材のこだわり

がポイントです。

現在発売中の「俺のスイーツ」はどんなものがありますか?

現在1品展開がございます。「俺のチョコクッキーシュー」190円。

シュークリームにクッキーの食感をプラスしました。

チョコをかけたクッキーシューの中にブランデーを配合した

ホイップクリームとカスタードクリームをつめました。

その他の商品開発に関するエピソードをお願いします。

「とろける口どけダブルチョコロール」180円 は

九州地区で商品を開発して販売したところ、大変売れ行きが好評だった

ため、全国のファミリーマート店舗でも販売するようになりました。

商品情報:生地とムースの食感にこだわったロールケーキを

シリーズで展開しています。

そのほか、オススメの商品を紹介してください

阿蘇小国ジャージー牛乳をあわせたカスタードクリームを

阿蘇小国ジャージー牛乳を加えて焼き上げたシューパフにあわせた、

新商品の「ミルクシュー(阿蘇小国ジャージー牛乳使用)」150円を

地産地消の観点から、九州地区限定で2月10日から発売します。

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「ナカバヤシ株式会社」のヒミツ

今日は、フエルアルバムでおなじみの「ナカバヤシ株式会社」の

福岡支店 橋本英彦支店長にお話をうかがいました。

~~~~~ナカバヤシ株式会社 会社概要~~~~~

会社創業:1923年

事業内容:フエルアルバムの製造・販売、シュレッダ、リサイクル事業

       シルバーカーの販売 など

数字は公開されていませんが、台紙の生産から一貫して自社生産

できる体制を整えており、その規模から考えるとアルバム業界では

国内トップレベルのシェアを誇ると言えるのではないでしょうか。

http://www.nakabayashi.co.jp/

「ナカバヤシ」という社名の由来を教えて下さい。

社祖は、中林安右衛門という、腕の良い製本職人でした。

創業時の社名は「中林製本所」で、数回の社名変更があって

1970年「ナカバヤシ株式会社」とし、現在に至っています。

「ナカバヤシ」というと、ロングセラー商品「フエルアルバム」でおなじみ

ですが、いつごろ?ごんなきっかけで開発することになったのですか?

 発売は1968年(昭和43年)です。

創業は大正12年で製本事業がベースでしたが、1年間平均的に工場を

動かすために手帳事業を手がけ、その後に続く柱になる事業を探して

いました。

 開発のきっかけは、滝本安克(現名誉会長)が古いアルバムの修理を

頼まれたことからです。預かったアルバムの最後の頁から台紙に

貼られていない写真が出てきました。

 当時のアルバムはリング式や大和綴じといわれる製本タイプが主流で

台紙を増やせるタイプはあまりありませんでした。

「あと1枚台紙が増やせたらこの写真もちゃんと1冊におさめられたのに」

 それから解決方法を考えていたある日、自宅でくつろいでいた時に

二男がトランジスタラジオのアンテナを伸ばしたり縮めたりしている

光景を見て、「伸び縮みするアンテナのようにビスをつなげば、

アルバムの台紙も自由に増やせるアルバムができるかも知れない。」

と思いつきました。まさに製本職人ならではの発想でした。

 製造にあたって、当時横長が主流のかたちだった台紙を正方形にし

写真6枚をバランスよく貼れるようにするなど、当時としては画期的な

アイデアを加えました。

 高度経済成長を背景に、家電製品の普及に伴ない余暇ができ、

趣味やレジャーが多様化、旅行へ行く方が大変増えました。

そこへコンパクトカメラの出現で、カメラの大衆化が進み写真撮影が

ブームになり、アルバムの必要性が高まりました。

その後、カラープリントが発売されると、アルバム需要もさらに

拡大しました。

 発売当時は、なじみの薄い形状のため販売店になかなか取り扱って

もらえず、テレビCMを放映し直接ユーザーに訴えることにしました。

当時としてはかなりの出費でしたが、認知も除々にあがり、台紙が

増やせる便利さが受け入れられて、ヒット商品に育てていただきました。

その「フエルアルバム」の開発のポイントはどこでしょうか?

 「お客様の要望に応えつづける」ことだと思います。

最初に売り出したのは、現在のアルバムより少し小さなSサイズでした。

写真が普及してしばらくたつと「サービスL判」という、従来の写真より

少し大きなプリントサイズが主流になり、写真を6枚貼ると隙間がなく

ぎゅうぎゅう詰めになってしまいました。

 そこで「サービスL判」がバランスよく貼れるように、Sサイズより

一回り大きなサイズにし、現在のLサイズアルバムを作りました。

 台紙の重さや厚みを約半分にしたり、途中からの追加が簡単な

バインダー式や背中がすっきりするブック式など製本様式やサイズ

なども多種多様に展開しています。

 近年では、従来の白い台紙から、よりたい急性をあげるために

アルミ箔を貼った100年台紙やPET(ペット)フィルムを貼ったプラコート

台紙を開発販売しています。

現在発売中の「ナカバヤシ」のアルバムは何種類くらいありますか?

特色のある製品などあればご紹介ください。

ビスで台紙が増やせる「フエルアルバム」だけでも

6サイズ(L、S、M、A4、デミ、A5)、300品番以上はあります。

すべてのアルバムとなるとブック式やポケットアルバムなどを含め、

1000品番ぐらいはあります。

 光や湿気による台紙の変色や変形を防ぐために、耐久性の高い

台紙として100年台紙とプラコート台紙を開発しました。

 そもそもアルバムの保管場所は湿気の少ない直射日光のあたらない

場所をお勧めしています。アルバムはそのほとんどが紙でできています

ので、湿気を吸うと変形したり、太陽光にあたると黄ばんだりします。

 また、近年はインクジェットプリンタで出力する写真も増えていますが、

用紙の裏面の加工状態によっては、台紙に貼った後貼りなおしが

しづらい場合があります。

 100年台紙とプラコート台紙は、のりの素材を選定して貼りはがし

しやすいようにしています。

そのほか、オススメの商品やサービスを教えてください。

 おすすめはスマートフォンの撮影機能を使ってノートや

ダイアリー(手帳)を活用するデジタル連動型文具「スマレコ」シリーズです。

このシリーズは、スマートフォンで使える無料アプリと専用のノート、

ダイアリー(手帳)、ペンの3種類のアイテムで構成されています。

 専用のノートを指定の方法で撮影すると、記入された文字や図を

意図的に表示したり隠したりすることができますので、暗記などの

反復学習ができます。

 ダイアリーは、専用ダイアリーに手書きしたメモなどをそのまま

スマートフォンに同期できますので、デジタルとアナログの使い分けが

さらに便利です。

 スマレコペンは、ペンで囲んだ部分を撮影するとトリミングされて

データとして保存できます。ノートと4月始まりダイアリーの発売は

2月中旬、スマレコペンは3月末を予定しています。

 スマートフォンのiPhone用の無料アプリは既に配信しており、実際に

使用感を試していただけるお試しシートも用意しています。

ぜひ、スマレコの専用サイトへアクセスしてみてください。

 

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「株式会社IHI」のヒミツ

今日は、
「小惑星探査機はやぶさ」の回収カプセルなどの
開発・製造を行なった「株式会社IHI」の
山本健貴さんにお話をうかがいました。

~~~~~株式会社IHI 会社概要~~~~~

会社設立:嘉永6年(1853年)

事業内容
①液化天然ガスの貯留タンク ②大型のコンテナ船などの船舶
③瀬戸大橋などの橋梁 ④航空機用エンジン ⑤立体駐車場
⑥自動車用ターボチャージャ ⑦スカイツリーの建設を行なった
クレーンなどさまざまな事業を行なっています。

宇宙分野では、1964年から事業を開始し、2000年には当時の
日産自動車 宇宙航空事業部を継承し、IHIエアロスペースを設立。
一昨年、地球に帰還した「はやぶさ」の回収カプセルや
「はやぶさ」を打ち上げた M-VロケットもIHIエアロスペースで
開発・製造を行なったものです。
次世代の固体ロケット「イプシロン」の開発も行なっています。

(IHI)http://www.ihi.co.jp/

Q.「IHI」という社名の由来を教えて下さい。
嘉永6年(1853年)、ペリーの来航により、幕府は日本にも近代船舶が
必要と考えました。そこで、幕府は水戸藩に命じ、
当時の江戸・石川島の地に「石川島造船所」として設立。
明治9年(1876年)、築地で印刷業を行なっていた平野富二が石川島の
造船所を借り受け、日本初の民間の近代的洋式造船会社
「石川島平野造船所」を発足。
「東京石川島造船所」、「石川島重工業」と社名を変更してきました。
1960年、兵庫県の「播磨造船所」との合併を行い「石川島播磨重工業」
となりました。2007年には、グループ全体でより先進的な
グローバルブランドへの成長を目指すため、従来から略称として広く
認知されていた「IHI」に社名を変えました。
「IHI」とは、以前の社名であった、「石川島播磨重工業」の
英文名称「Ishikawajima-Harima Heavy Industries」の頭文字を
取ったものです。

Q.「IHI」は、話題となった小惑星探査機「はやぶさ」プロジェクトの
開発にもかかわったと聞いていますが、どんな部分を担当したのですか?

JAXAに協力して、はやぶさを打ち上げたM-Vロケットを開発・製造し、
打ち上げを支援した。また、小惑星「イトカワ」で地表表面を観察し、
写真撮影、温度計測をする小型ロボット「ミネルバ」の開発・製造を
行いました。そして、イトカワの砂を格納して地球に持ち帰った
回収カプセルの開発取りまとめを担当しました。

Q.いつごろ?どんなきっかけで開発することになったのですか?
当時、英国は土星探査機「カッシーニ」に見られるような34億ドル超の
デラックス計画の時代。
ところが、1992年に就任したダニエル・ゴールディンNASA長官が大胆な
改革を行いました。提唱したのは、素早く、より良く、より安くを
スローガンとしたディスカバリー計画で、開発期間は3年、予算は
3億ドル以下。これは、それまで日本のISASが行っていた領域であり、
ISASおよび旧日産の存亡に関わる一大脅威となりました。
加えて、開発中のM-Vロケット以上の大きなロケットは、鹿児島宇宙
観測所の立地制約により運用不可であり、M-V開発集結以降の技術
シンボルをISASも旧日産も求めていました。
そんな背景の中で生まれたミッションが、火星探査「のぞみ」、
月探査機「LUNAR-A」、小惑星探査「はやぶさ」。
他国の追従を許さない難易度である分、専門家も成功を危ぶむほどの
ミッションでした。しかし、IA(旧日産)は、会社の技術シンボルを
求めて、「LUNAR-A」と「はやぶさ」の手を上げました。

Q.開発のポイントはどこでしょうか?
大気圏に突入したカプセルの周囲は1万度~2万度になり、
カプセル自体も3000度程度になりますが、中は40度ほどに保つことが
必要。そのカプセルをヒートシールドと呼ばれる数センチほどの
断熱材で包む構造となっていますが、これはロケットの噴射口に
使用しているFRPで製造しています。また、カプセルは大気圏に突入
した後、地上高度を検知し、所定の加速度に達したらヒートシールドを
分離する仕組みになっています。これにはロケットなどの分離にも使用
される火薬を使用した火工品が使われています。カプセルは
パラシュートで緩降下させる仕組みとなっていますが、
下部のヒートシールドはパラシュートがうまく開くように
引っ張りながら分離する仕組みとなっています。
パラシュートが出るとカプセルからは鎖状のアンテナが出て、
位置を知らせる仕組みとなっています。

Q 最後に現在そして、今後の開発についてお伺いしたいのですが、
IHIと言いますと、航空機エンジンも主力事業の一つですよね。

主力事業の一つである航空機エンジンでは,先日,日本でも初運行となった
B787向けのエンジンの開発・製造に参画しています。このエンジンは、
従来のエンジンに比べ、燃費性能などが格段に改善されています。
IHIは、航空機エンジンでは、国内で7割のシェアを有しています。
また、数多くの分野で環境対応技術を活かした製品の開発を進めています。
例えば、創業の事業である造船では、環境負荷を大きく低減することが
できるエコシップという船を開発しました。また、次世代のバイオ燃料の
開発では、藻を原料としたバイオ燃料の研究もしており、将来的には
ジェットエンジンの燃料などに使用できるようにしていきます。

●IHIのその他の開発秘話などのエピソードがある製品やプロジェクト。
1966年(昭和41年)に、世界初の20万トン級タンカー「出光丸」を建造。
これは、全長342m(東京タワーの高さとほぼ同じ長さ)、全幅約49.8m、
深さ23.2mという大きな船体に20万トンの原油を積載できるタンカーです。
当時、日本の経済成長を支えるためには、大量の原油を確保する必要が
あり、それまでの10万トン~15万トン級のタンカーよりも大型の
タンカーが必要と考えられました。
出光丸では、浅瀬が続く海の難所「マラッカ海峡」を通るため、
海面下の船の深さの制約の中で、積載量の最大化と低燃費を実現する
必要がありました。そこで「高張力鋼」という強度が高い新材料を
使用しました。それに伴い、従来の溶接方法では対応ができないので
溶接方法の開発から行いました。
更に、船型の開発など、当時のIHIの造船技術を駆使して
「世界初の20万トン級タンカー」を実現しました。

 

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「株式会社がまかつ」のヒミツ

今日は、「株式会社がまかつ」の

広報部広報課の石井 隆彦さんに

お話をうかがいました。

~~~~~株式会社がまかつ 会社概要~~~~~

会社設立:1955年 5月

事業内容:釣り鈎・釣り竿・フィッシングウェア

       釣り用品等の製造と販売。

http://www.gamakatsu.co.jp/

まずは「がまかつ」という社名の由来を教えて下さい。

 当社の創業者である藤井繁克(しげかつ)の出身地にして、

当社創業の地である西脇市蒲江(こもえ)の地名より「蒲」の一字を拝借し、

創業者の氏名より「克」の字を取り、合わせて「蒲克(がまかつ)」と

したのが由来です。

「がまかつ」ではさまざまな商品を開発、販売されていますが、これまで

最もヒットした商品はなんですか?

 ヒット商品は数々ございますが、ひとつ例をあげますと、磯釣り用竿

「がま磯アテンダー」シリーズです。

そのヒット商品はいつごろ?どんなきっかけで開発することになったのですか?

 この竿は、今から10年前に初代モデル「がま磯アテンダー」という名前で

開発・発売されました。竿には曲がり方の度合いを表す表現として、

「調子」というものがあり、「先調子」の竿は竿の先端付近がよく曲がり

胴付近の手前が硬い竿で、「胴調子」の竿は竿の胴部分(手前部分)から

先端に向かって一気に曲がります。

 初代が発売される前。つまり10年以上前は、先調子の竿が主流でした。

先調子の竿は全体的に硬く、太い糸での強引なやり取りに向いています。

しかし、魚がどんどん賢くなって近年は太い糸では食わなくなってきました。

そこで細い糸でも大物を釣ることができる胴調子の竿のニーズが

高まってきたのが開発のきっかけです。

その商品の開発のポイントはどこでしょうか?

ズバリ「柔よく剛を制する」です。

細い糸でも大物を獲れる竿を作るためには、細い糸でも切れにくい

柔軟性と大物にも負けないパワーという相反する要素を両立しなければ

なりません。これを実現するためには竿の硬さとか重さとか数値で

表されるものだけでは無理です。大切なのは、人間が実際に魚を掛け、

大物とやり取りをして評価することです。そのために、何十回も磯に通い

フィールドテスターと呼ばれる名人に何百回も魚をかけてもらい、実際に

使った感想をフィードバックして開発しました。

これにより「柔らかいけど強い竿」つまり冒頭で述べた「柔よく剛を制する」

竿が完成したわけです。

 昨年秋には、二代目となる「がま磯アテンダーⅡ」が発売されました。

この竿には当社の最新の技術を余すことなく投入し、10年前の初代よりも

さらに粘り強い竿になり、より大物を取りやすくなっています。

この「がま磯アテンダーⅡ」はとても売れているそうですね。

 「がま磯アテンダーⅡ」ですが、全国のお客様から絶大な支持を

頂きましたおかげで、昨年秋の発売直後より商品の供給が追いつかず、

長らく品切れの状態が続いております。心待ちにしておられるお客様方には

大変ご迷惑をおかけしております。ただいま、そんな状況を巻き返すべく

鋭意生産中でございます。1日でもはやくお客様の手元にお届けできるよう

努力しておりますので、もう少々お待ちいただきたく存じます。

ところで「がまかつ」の社員の皆さんは、やはり釣り好きが多いのでしょうか?

どんな釣りをされる方が多いですか?

 社員のほとんどが「釣りバカ」と呼べるほどに釣り好きが多いです。

子どものころや学生時代からつりに慣れ親しみ、憧れと情熱を持った若者が

毎年数多く入社してまいります。

 釣りのジャンルは多種多彩で、磯釣り・投げ釣り・船釣りなどの海釣り

渓流釣りなどの川釣り、ブラックバスやシーバス(スズキ)を始めとする

ルアーフィッシングなど、しない釣りはないと言っても過言ではないほど、

休日になると社員それぞれが色々な釣りを楽しんでいます。

 特に多いのは磯釣りと鮎釣りで、冬は磯釣り・夏は鮎釣りとそれぞれ

釣りのシーズンもはっきりと分かれていますので、冬になると海に、夏に

なると川に…とその季節になった趣のある釣りを楽しんでいます。

釣りをする方々にとって熊本県はどんな魅力があると思いますか?

 熊本には鮎釣り師の中でも全国的に有名な球磨川があります。

この川は流れがきつく、大きな鮎が釣れるということで、鮎竿のテストには

もってこいの環境が揃っています。

毎年、30cmオーバーの「尺鮎」が釣れる8月下旬から9月下旬までは

球磨川に通い、尺鮎をバンバンかけて竿の限界強度をテストしています。

10cmくらいの竿を持って激流の中に腰まで立ちこんでの釣りになります

ので危険が伴いますが、良い竿を作るためには必要不可欠なテストです。

実際、私も大鮎が掛かったまま激流の中に流され、ちょうどそこに

球磨川下りの船がきて、その船の観光客に応援されながら何とか大鮎を

取り込んだ経験があります。

 

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「株式会社タニタ」のヒミツ

今日は、「株式会社タニタ」の

開発部部長 佐藤富男さん、広報室 横田洋子さんに

お話をうかがいました。

~~~~~株式会社タニタ 会社概要~~~~~

会社設立:1944年

事業内容:

家庭用・業務用計量器(体組成記、体内脂肪計、脂肪計付きヘルスメーター、

ヘルスメーター、クッキングスケール、活動量計、歩数計、タイマー、尿糖計、

塩分計、血圧計、脈拍計、デジタルカロリースケール、体温計、温湿度計)

などの製造・販売。

http://www.tanita.co.jp/

「タニタ」という社名の由来を教えて下さい。

創業者の谷田(タニダ)からとったもので濁点はないほうがいい、

そのまま社名をタニダにするとファミリー企業のイメージが印象つけられる

などの理由から「タニタ」となりました。

「タニタ」では世界で初めて乗るだけで計れる体脂肪計を開発した会社として

おなじみですが、この商品の開発の時のエピソードを詳しく教えてください。

まず、いつごろ?どんなきっかけで開発することになったのですか?

私が担当になったのは、体脂肪をはかる装置を開発しようというテーマが

始まって2年目の昭和63年のことです。まだ実現できるかどうか、不確定な

部分があったため、新入社員のテーマとなっていました。

当時、弊社は体重計(ヘルスメーター)を事業のドメインに据え、

BestWeight(適正体重)というコンセプトを掲げて、肥満を解消する事業なども

始めようとしていました。

肥満は体重が多いことではなく、脂肪が多いことであるという定義が学会の

ほうから出されていたため、体脂肪を測定する機器の開発をすることが

きめられたのだと想像しています。

当時脂肪をはかるやり方としては、脂肪の厚みをはかる方式が一般的でした。

これは測定時の誤差が大きいため、熟練者のみでしか実施されていませんでした。

他には基準法として水中で体重をはかる水中体重法というものもありましたが、

研究施設でしかありませんでした。

当時新しい技術として体の電気抵抗を測定し、体脂肪を推定する方法があり、

測定の簡便さ正確さ、装置の構成が簡単で安価になりそうであること、体重計に

組み入れることができることができそうだということで、この方法を採用し、

本格的に開発を始めました。

開発のポイントはどこでしょうか?

体重計と組み合わせて、簡単に測定できるようにしたところです。

体脂肪の測定は当時非常に手間がかかりました。コストをかけない

皮下脂肪の厚さをはかる方法でも10分程度の時間がかかりましたので、

健康診断や家庭ではとても利用できませんでした。一部スポーツクラブの

トレーナーの熟練した人のみで実施されていたのが実情です。

電気抵抗を測定する方法も、ベッドに横になって手足に、

心電図を測定するときのような電極を張り付けて測定しておりましたので、

場所やコストがかかっていて、病院でもほとんど普及しておりませんでした。

体重計に電気抵抗を測定するための電極を組み入れたことで、

非常に安定した測定ができるようになったことと、短時間での測定が可能に

なりました。身長と性別を入力すれば、体重と電気抵抗を測定し30秒程度で

体脂肪の結果が表示されますので、健康診断でもたくさんの人を測定

できるようになったこと、体重測定とあまり変わらない手間で測定できるように

なりました。

家庭用としてヒットしたのはコストダウンが出来たためです。病院用には48万円

一番初めの家庭用の商品はこれもかなりコストダウンしたのですが4万5千円と

まだ高価で、2万円を切る商品を開発してからヒットするようになりました。

開発当初からコストダウン可能な測定方法である生体電気抵抗法を

採用したのがよかったと思います。

最近では「体脂肪計タニタの社員食堂」がベストセラーとなっていますが、

この本はどんなきっかけで出版となったのでしょうか?

その後の評判も含めて詳しく教えて下さい。

NHKの番組内で社員食堂の紹介がされる中でタニタの社員食堂が紹介され

その番組を見た大和書房編集部の方が「書籍化したい」ということでタニタに

依頼をいただきました。

主婦の方からは1品のカロリーだけではなく、定食として総カロリーが

わかるため、カロリー計算が必要なく、便利。メタボのだんな様への夕食として

ピッタリ、夕食の献立を考えずにそのまま作ればいいので考える手間が省ける

などの声をいただいております。

「タニタ食堂」について教えて下さい。

昨日(1月11日)に東京・丸の内にオープンしました

タニタ社員食堂のメニューを忠実に再現し、日替わり・週替わりで提供しております。

そのほか、オススメの商品を教えて下さい。

1日の総消費カロリーが計測出来るカロリズムがおすすめです。

2009年の春に発売以降、ヒット商品となっており、最新の女性向けカロリズムレディは

ダイエットおすすめ期とリラックスオススメ期を教えてくれる女性ダイエットモードを

搭載し、一定の期間にどれだけ痩せたいか数字を入力すると目標摂取カロリーと

目標消費カロリーを表示。1日の活動レベルをグラフで表示してくれるので

ライフスタイルの振り返りにも役立ちます。

 

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「サトウ食品工業株式会社」のヒミツ

今日は、

「サトウ食品工業株式会社」の渡辺今日子さんにお話をうかがいました。

~~~~佐藤食品工業 株式会社 会社概要~~~~~

会社設立:昭和36年

事業内容:包装餅・包装米飯製造販売、その他

http://www.satosyokuhin.co.jp/

 

 

「サトウ食品工業」という社名の由来を教えて下さい。

創業者の佐藤勘作がはじめた「佐藤勘作商店」から、現在の社名になりました。
当初は、白玉粉を販売していましたが、昭和33年からのし餅の製造を始めました。

「サトウ食品」というと「サトウの切り餅」がロングセラー商品としておなじみですが、

この商品の開発時のエピソードを詳しく教えてください。

まず、いつごろ? どんなきっかけで開発することになったのですか?

~加熱殺菌餅「サトウの切り餅」の開発~

●現在のお餅がひとつずつ包装されている「サトウの切り餅」よりも前に3個連なった加熱殺菌餅「サトウの切り餅」が大ヒットしました。
●昭和48年発売で、西川峰子さんが「サトウの切り餅、あ、モチモチ、モチモチっと!」と歌って、全国的な知名度アップになりました。
● この切り餅で元来カビるものだった餅が、カビないで長く保管できるようになりました。

~「サトウの切り餅 つき立てシングルパック」の開発~

●加熱殺菌しないで、つきたての風味そのままのなま餅を無菌パックする技術を開発し、
昭和55年に発売しました。
●さらに、昭和58年に餅をひとつずつ袋に入れるように進化させ、おいしさと使いやすさが
評価されました。
●今でも当社の主力商品としてロングセラーが続いています。

~パリッとスリットの開発~

●ロングセラーの「サトウの切り餅 つき立てシングルパック」ですが、昭和58年以後も
  品質向上のためのマイナーチェンジを繰り返しています。
●中でも平成15年には「サトウの切り餅 パリッとスリット」に前面切り替えされました。
●「パリッとスリット」は餅の表面に切れ目を入れることで、こんがりふっくら焼くことのできる餅に
 仕上げました。
 全体にきれいに焼きあがるので、食べたときに中はもっちり、外はパリッと焼き餅のおいしさが
 堪能できます。
 さらに、切れ目から手で割れるので、ミニサイズで焼いたり、巾着餅やグラタンなどお料理にも
 使いやすいという便利機能も加わりました。

●私が入社したときには、すでに「サトウの切り餅 つき立てシングルパック」が主力商品として
確立されていました。
●パリッとスリットの開発にはかかわりましたが、どこにどれくらい切れ目を入れると効果的か、
オーブントースターの機種によって焼き上がりが違うのかなどなど、当時は日々100個、
200個の餅を焼いていました。

開発のポイントはどこでしょうか?

おいしさと使いやすさの追求です。

その他、「サトウ食品」の商品に関する面白情報などありましたら、お願いします。(お餅以外の商品でもかまいません。)

お正月に鏡餅はかざりましたか?
平成5年に「サトウの鏡餅」を発売しました。
「鏡餅だって食べ物だ」というポリシーで、成型容器いっぱいに餅が詰め込まれて、大きくて食べづらかったそれまでの鏡餅に変わる、まる餅を詰めた鏡餅を販売しました。
1月11日は鏡開きですから、ぜひ鏡餅を食べてください。

他に、開発秘話などのエピソードがある商品がありましたら教えてください。(お餅以外の商品でもかまいません。)

スライス切りもち 平成18年から発売しています。
お鍋やしゃぶしゃぶ、お好み焼き、ラーメンやうどんにいれる・・・など
切り餅とは違ったアレンジが楽しめる商品です。

切り餅ではトップメーカーですが、スライス餅は後発で、すでに各社が発売済みだったので、
「サトウらしさ」にこだわった商品設計をしました。
他のメーカーよりちょっと厚めで、うす餅ながらも餅の食感、もっちり感を大切にしました。

5枚を一袋に入れて商品化し、サトウらしさが支持され好評をはくしましたが、お客様より5枚がくっついてはがれず、無理にはがすと割れてしまうとい苦情が出てしました。
餅が固まったばかりの時は、まだ粘りがあるので、ここで重ねて包装すると、保管の方法によっては、重なったところがくっついて固まってしまい、はがれなくなることを突き止めました。
  そこで、餅の表面がべたつかせない製法にバージョンアップ、サトウの信念「おいしさとつかいやすさ」を達成しました。今では、くっついて困るという苦情もなくなりました。

そのほか、オススメの商品やサービス、キャンペーンなどPRしたい案件があればお願いします。

サトウ食品のもうひとつの主力商品は「玄関開けたら2分でごはん」の「サトウのごはん」です。
切り餅同様の無菌パックで、「おいしさと使いやすさ」を追求しています。

サトウ食品のHPでは、餅やごはん のレシピを紹介しています。
餅は、各種雑煮のレシピなど、伝統的な食べ方の紹介もしていますが、
それ以外は餅もごはんも「簡単、スピーディー」を基本にして、レシピを考案しています。
忙しい朝ごはん、簡単に済ませたい昼食、お餅スイーツなどがごらんいただけます。
また、「お手軽、節約レシピ」として、節電に考慮したレシピやご家庭の常備品を使ったレシピも紹介しています。
ぜひ、参考にしてみていただきたいです。

 

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「東洋水産株式会社」のヒミツ

今日は、

「東洋水産株式会社」の齋藤千亜希さんにお話をうかがいました。

~~~~東洋水産 株式会社 会社概要~~~~~

会社設立:1953年

事業内容:

冷凍魚介類の仕入れ・加工・販売、即席麺類の製造・販売
生麺類の製造・販売、魚肉ハム・ソーセージの製造・販売
風味調味料・スープの製造・販売、かつお削り節の製造・販売
レトルト食品の製造・販売、冷凍冷蔵保管業 、倉庫・運輸・通関業
など

http://www.maruchan.co.jp/

 

会社名は「東洋水産株式会社」ですが、マルちゃんというブランド名はどうして付けられたのでしょうか?

水産会社の多くは正式名称ではなく、屋号を社章として使用していました。
東洋水産も改称後の当時は、丸の中に社名の頭文字の「と」を組み合わせた「マルト」マークを使っていました。
その後当社が即席めん事業へ本格的に参入するにあたり、子どもからお年寄りまで幅広くお客様に親しまれる新ブランドの開発が必要となりました。
そこで、1962年に誕生したのが「マルちゃんマーク」です。
元々使用していた「マルト」マークをベースにした連想から「マルトちゃん」→「マルちゃん」となり、その名前にふさわしいまん丸、ハッピースマイルが生まれました。

マルちゃんというと、まず「赤いきつね」を思い出しますが、これが誕生したのはいつ頃でしょうか。

「赤いきつね」が誕生したのは1978年ですが、それ以前の1975年に当社では「カップうどんきつね」という商品を販売しておりました。
これは、業界初の“即席カップ入りきつねうどん”として高い評価を頂き、同じく1975年に販売した「カップ天ぷらそば」とともに大ヒットしました。これらの商品のヒットをきっかけに、和風カップ麺という新しいジャンルが確立されましたが、その後、競合他社も追随して類似の商品を販売してきたことから、それに対抗するためブランドを刷新して発売したのが「赤いきつね」です。
 確かな品質と、当時、新人歌手・俳優として注目を集め始めた武田鉄矢さんを起用したCMが話題となり、巻き返しに成功しました。武田鉄矢さんは、赤いきつねの発売から現在までの32年間、ずっとCMに出演していただいており、特定の商品CMに1人のタレントさんが出演し続けている例は、とても珍しいと思います。

「赤いきつね」と言えば、もう一つ「緑のたぬき」とすぐに出てくるぐらい、セットで覚えている方も多いと思いますが、どちらも名前がユニークですよね。

当初企画段階では、「赤いきつね」ではなく、熱々の美味しさが伝わるようにと「熱いきつね」という名前を検討していました。しかしその後、パッケージの色が「赤」に決まったこと、きつねといえば稲荷神社の使いで、鳥居や幟、きつねの前掛け等、「きつね」ろ「赤」が関係深いことなどの理由で、インパクトのある名前の「赤いきつね」に決定いたしました。当時、山口百恵さんが出演するドラマ「赤いシリーズ」がヒットしていたというのも、背景にあるようです。
 一方、「緑のたぬき」は、「赤いきつね」の2年後に発売されましたが、店頭で商品が並んだときに目立つようにと、「赤」と補色関係で対になる「緑」が採用され、「うどん」と「そば」が対の関係であるように、「きつね」の対として「たぬき」が選ばれ、「緑のたぬき」というネーミングになりました。

「赤いきつね」と「緑のたぬき」の商品のポイントはどんな点でしょうか。

一番のこだわりは“だし”です。当社は水産事業から始まった会社で、削り節やだしの素といった商品も発売しております。
その技術を生かして、「赤いきつね」や「緑のたぬき」の“だし”も、自社工場で加工しております。即席麺メーカーで“だし”から自社で加工製造をしているのは、おそらく当社だけではないかと思います。

“だし”には特にこだわっているということですが、地域によって味の違いがあるそうですね。

「赤いきつね」や「緑のたぬき」等の和風即席麺は、地域の嗜好に合わせて味を変えています。
大きく分けて、東日本と西日本で違うのですが、「東向け」は鰹節に濃口醤油を合わせたキリッとした味わいのつゆ、「西向け」は昆布・鰹節・雑節に薄口醤油を合わせた上品な味わいのつゆが特徴で、「赤いきつね」「緑のたぬき」の発売当初から東西で味を分けています。
 さらに地域の嗜好に合わせるため、2001年には「西向け」から独立して「関西」限定(販売地区:大阪府・京都府・兵庫県・滋賀県・和歌山県)の「赤いきつね」「緑のたぬき」が発売されました。「西向け」と「関西」の味は非常に似ているのですが、違いとしては「西向け」のほうが雑節(さば、うるめ等)や煮汁の量が多く、だしに深みがあります。熊本県で発売されているのはこの「西向け」の商品です。
 2005年には、北海道限定で、地元の利尻産昆布を使用した「赤いきつね」も発売され、現在は、「赤いきつね」が4つ、「緑のたぬき」が3つの味に分かれていることになります。

他にも新しい「そば」の商品が発売されたそうですね。

「赤いきつね」「緑のたぬき」の姉妹品として、今年の11月14日から、「ほくほくのコロッケそば」という商品が発売されました。これは、立ち食い蕎麦屋さんの人気メニューをカップ麺で再現したもので、今までのカップ麺にはなかったユニークな具材ですので、是非、そば・つゆ・コロッケのバランスの取れた美味しさをお楽しみ下さい。

最後に「赤いきつね」と「緑のたぬき」のキャンペーンを行われているそうですが、詳しく教えて下さい。

現在、「赤いきつね」と「緑のたぬき」シリーズを対象としたキャンペーンを実施中です。クイズに答えると抽選で50名様に「赤いポータブルデジタルテレビ」が当たります。また、対象商品のバーコード4枚を集めて送ると、人気ボーカルグループ「GReeeeN」が歌うオリジナルのCMソングが入った「緑のポータブルMP3プレーヤー」が抽選で1000名様に当たります。対象商品は、「赤いきつね」「緑のたぬき」「ほくほくのコロッケそば」の他、「黒い豚カレーうどん」「白い力もちうどん」、九州限定の「バリうま ごぼ天うどん」などです。応募締切は2012年1月16日です。詳しくは、東洋水産HPをご覧下さい。

 

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「アートキャンディ株式会社」のヒミツ

今日は、

「アートキャンディ株式会社」の三浦一章さんにお話をうかがいました。

~~~~~アートキャンディ 株式会社 会社概要~~~~~

会社設立:昭和39年

事業内容:装飾菓子(シュガークラフト、チョコレート、ゼリー、クッキー等)の企画・製造・販売

http://www.artcandy.net/

「アートキャンディ」は、主にケーキ用の装飾菓子を製作されているそうですが、この商品の開発秘話についてお聞かせください。
まず、いつごろどんなきっかけで開発されたのでしょうか?

1964年(昭和39年)に創業者である現社長が、まだサラリーマンをしていたころ、銀座の街を歩いていると、人並みに押されて偶然入ってしまったのが洋菓子店。そこで、店員さんとなんとなく世間話をしていると、
「デコレーションケーキの上にのっている食べられない飾りを、小さい子供が食べてしまった。」という話を聞きました。
何かひっかかったまま洋菓子店を後にした社長。
当時はケーキの上の飾りはローソクでできたものがほとんどで、食べられる飾りと言えば、個人洋菓子店さんの手作りのマジパンで作られたものでした。
『ケーキにのせても安全で、食べられる物で、量産でき、お子さんも喜ぶような、そんな何かができないだろうか』と考えた社長は、脱サラし、洋菓子の知識も何もないところから1年がかりで商品を開発しました。
出発は、6畳一間のアパートです。大家さんの了解を得て畳をはがし、板張りにしました。合羽橋で購入した50センチ位の大きなボールと大きな泡だて器で生地を作りました。その生
地を型に流し、乾燥させます。乾燥させるための乾燥室も6畳の中の1畳を使い作りました。

これが、『アートキャンディ』の出発点です。

開発のポイントを教えてください。

開発のポイントは『口に入っても安全な食品で、ケーキをかわいらしく彩る装飾菓子を作り量産することで社会へ貢献できること。』                      
当時、日本国内の人口は1億人、1年に1億回の誕生日があります。家族や友人、恋人とケーキを囲んで過ごす楽しいひと時・・・そんな大切な時間のお手伝いをさせて頂く事が当社の喜び、やりがいです。
世の中に無かった商品を作り出した為、商品の開発はもちろんの事、生産する機械なども無く自社で開発し製作する事になりました。

現在、この装飾菓子は何種類ぐらいありますか?

現在アートキャンディで約1000種類。チョコレートや、アイシングクッキー等の当社商品を含めると、約2800種類あります。                                                            
主原料となっているのは、砂糖ですので、お子様が食べても、甘くておやつ代わりになります。 全商品、弊社のデザイナーによるデザインとなっておりますので、常に新作を作り、販売しております。
製造ですが、ある程度までは、機械で形を作りますが、商品の種類の多さから、全部を機械で仕上げる事はできません。機械で形を作り、目や鼻や手等は人の手で仕上げていきます。仕上げのアイシングは流れ作業ではなく、1人が1つの商品に責任を持って作り上げるようにしております。そうすることにより、商品への愛情もうまれ、また、かわいらしい商品が出来上がります。
1つ1つの商品に心をこめて作っております。手作りならではの「あたたかさ」「やさしさ」をお楽しみ頂ければと考えております。
バースディ商品の中ではケーキがドレスのようになり、アートキャンディと一体になってお姫様になるドレスドールという商品があります。この商品は女のお子さんや女性に人気がある商品です。洋菓子店様ですてきなケーキのドレスを作って、それにアートキャンディを乗せる事で完成する商品です。ドレスドール専用の箱も販売しております。他には世界の物語シリーズやたくさんの動物もございます。その他に、イベント毎に商品があり、クリスマス、雛祭り、子供の日、ハロウイン、母の日、お正月、七五三等が、イベント商品となっております。
その中でも、やはりクリスマス商品が多く、サンタやトナカイ・雪だるまなどがあります。サンタだけだ50種類以上御座います。
最近では、動きのあるサンタが人気で、プレゼントを持ったサンタや、ピースサインをしているサンタ、乗り物に乗っているサンタ、横になって寝ているサンタも御座います。
現在では、販売しておりませんが、青い服を着たサンタを販売した事も、御座いました。
雛祭り商品などは、目をパッチリさせ、顔つきを現代風にアレンジしている商品も御座います。                                                              
市場シェア6割強ですので、一度はご覧になられたことがあると思います。

砂糖菓子以外の商品もありますよね。

砂糖を主原料にしたシュガークラフトの他に、当社にはプラスチックチョコレート、通称プラチョコと称されるものが有ります。
簡単に言いますと、曲がるチョコレートです。
曲がる特性を生かして、フラワーやリーフを立体的に作る事が出来ます。
このプラスチックチョコレートも国内では当社だけが持つ商品です。
元々、素材としてはヨーロッパに有りましたが、量産出来るように自社開発し世の中へ広げました。
この商品も生産する機械が無く、自社開発した製造ラインで生産しています。
シート状のチョコを型抜き致しますので、ある程度複雑な形に抜く事が出来ます。
最近人気のある商品では、目、耳、鼻等を型抜きしてセットにし、洋菓子店様でケーキの上に乗せて、ケーキ全体で、顔を表現して頂く商品です。
サンタやトナカイ、ハロウィンのかぼちゃやクロネコが御座います。

熊本に工場がありますが、見学はできますか?

ホームページもしくは熊本工場へお電話でお申込みの上、ご見学いただけます。
お申込みが無く、工場へお越し頂きましてもご見学出来ませんのでご注意下さい。
ホームページはアートキャンディでご検索下さい。
熊本工場の電話番号は、096-279-2828です。

 

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「株式会社ニトムズ」のヒミツ

今日は、

「株式会社ニトムズ」の森下里香さんにお話をうかがいました。

~~~~~株式会社ニトムズ 株式会社 会社概要~~~~~

会社設立:1975年

事業内容:日用家庭用品の製造・加工・販売及び輸出入

http://www.nitoms.com/

 

「ニトムズ」というとお掃除ツール「コロコロ」がすぐに思い浮かびます。
「コロコロ」の開発秘話についてお聞かせださい。
まず、いつごろどんなきっかけで開発されたのでしょうか?

ニトムズ設立の目的は家庭向けの商品開発でしたが、

今まで工業用の商品ばかり扱ってきた社員たちは家庭向けの商品に関してはズブの素人。

考え出した商品は売れないものばかり。

まず、産毛取りシート。粘着性のシートを腕に張り、剥すと産毛が取れるという商品

→粘着性が強すぎて肌を痛めるという理由で女性からは不評、売れず。

次は、卵の殻剥きテープ。電車の旅などで人気のゆで卵の殻を

散らばらすことなく剥ける商品。

→卵の殻を剥くのにわざわざテープを購入してまで剥く人は少なく、売れず。

その次は、ゴキ逮捕。家庭の天敵ゴキブリを先端に粘着シートのついた棒を使い、

ハエ叩きの要領で叩き退治する商品。今度こそ、大ヒットを狙い、CMまで投入。

→本物のゴキブリは動きが早く、叩いて退治することが難しく、売れず。 

ゴキ逮捕が不評だった為、在庫を抱え、倒産の危機(負債1億円)

その在庫を整理している女子社員が粘着テープを丸めてホコリを

とっているのを見て粘着テープによるゴミ取りを考案。

この発想がコロコロへとたどり着きました。

完成し発売されることとなったコロコロ。

ニトムズは発売に際し、この商品は消費者に実際のものを

見てもらった方が売れるとして店頭での実演販売を実施しました。

これが大当たりとなり、生産が需要に追いつかないほどの大ヒットに!

発売当初のネーミングは「粘着カーペットクリーナー」発売後に

消費者から店舗への問い合わせで『あのコロコロ回るやつありますか?』

という問い合わせが多く、正式名称が認識されづらいことから

『コロコロ』というネーミングがつきました。

「コロコロ」の開発のポイントなどあれば教えてください。

1983年発売。粘着テープでゴミを取るというコンセプトで開発はスタート。

開発に当たり浮上した問題点も解決していきます。

1.テープの粘着力がすぐに弱くなってしまう。

→使った部分は切り捨て、常に新しいテープを使えるようにと

 粘着テープの逆巻きを考案

2.ローラー使用を考案。

→ペンキ屋が塗装用のローラーを使っているのを偶然知り、

 これを利用することを決定。粘着テープをロット状にしてはめ込むことにしました。

3.粘着テープが強すぎ、カーペットにくっついて動きが悪く、カーペットも傷つける。

→粘着テープを全面に塗っていたのをすじ状に塗ることを考案。

 これによりカーペットとの接着面が減り、動きがスムーズになり、

 かつ筋上に塗った部分が出っ張り(クッションとなり)カーペットの奥まで

 届くことで細かいゴミも取れる用になる。

→スジ状の考案のヒントになったのには、テープに異物(ホコリや虫など)が

 稀に混入して、ベタ面にスジが走る(不良品)ならば、いっそのことスジ状に

 塗ろうと、試したら、異物がスジを作る転写ロールの溝に吸収されうまく行きました。

4.ゴミの取れ具合を分りやすくしたい。

→白いテープ、茶色いテープのどちらを採用するかという時に

 ゴミの取れ具合が分りやすいとの理由から白いテープの採用を決定しました。

 

 

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